第308話「……まあ、あの性格なら大丈夫だろう」

 さて、ロイ先生とアリアの結婚式である。

 ドワーフ達のおかげで中央会館は急速に完成し、とりあえずは結婚式ができるくらいの内装は整った。

 というか、これ以上なにをすればいいのか俺にはわからない。ドワーフたちは「まだ足りない」と言っていたが、サンドラからみても十分だったので一度止めてもらった。多分、放っておくといつまでも修正し続けると思う。


「ロイ先生、いよいよだな。準備に苦労していたようだが」

「ええ、ダン商会の皆さんにはご迷惑をかけてしまいました」


 屋敷の食堂で一杯やっているのはロイ先生だ。今日は珍しく、酒を飲んでいる。彼はたまに、弱めの酒を飲むようになった。アリアに付き合う内に、果実酒などを楽しむようになったらしい。

 そんなロイ先生だが、今日の昼まで結婚式用の備品集めに奔走していた。冬になれば仕事が減って、農家の子供相手の先生になる時期なのだが、今年はそうもいかない。

 特に入手に苦労したのが服だ。式用の礼服、アリアのドレスを調達するためクアリアに行ったり、聖竜領内に出店している東都の商会に声をかけたりした。

 結局、お高い服はダン商会ではなく、そちらからの購入になってしまった。ドーレスが歯ぎしりして悔しがっていたが、地元密着なダン商会、苦手なものもある。


 それに合わせて色々と手配と打ち合わせをして、気づけば夜。ようやく一息ついたところだ。

 グラスを傾ける姿は思ったよりも穏やかだ。ロイ先生の性格上、ガチガチに緊張しているかと思ったんだが。


「どうかしましたか?」

「思ったよりも落ち着いているな」

「皇帝陛下がいらっしゃらないことがわかりましたから。それなら、見慣れた皆さんと集まるだけですから」

「なるほど。そういうものか」


 サンドラや俺も出席するが、式自体はあまり派手にする予定はない。最初に行われた結婚式が、その後の標準になる。華美にすると後の者が大変だという配慮もちょっとある。


「心配事といえば、スティーナだな」


 現在禁酒状態のスティーナだが。結婚式の日はそれが解除される予定である。

 正直、不安だ。ただでさえ普段から飲酒は制御不能だというのに。


「アルマス様、こんなことをお願いするのは申し訳ないのですが」


 畏まってこちらをじっと見るロイ先生。言いたいことはわかっている。俺は厳かに頷いた。


「任せろ。あいつの暴走は俺が止める」


 無事に式を終えて見せる。最悪、眠りの魔法で寝てもらおう。


◯◯◯


 ロイ先生との話を終えて、部屋に戻る途中。アリアを見かけた。

 廊下の端で窓越しに外を見ていた。


「珍しいことをしているな」

「あ、アルマス様、こんばんはー」

「何か見えるのか?」

「いえ、なにも。でも、いつもここから庭を見ているので」


 今アリアが見ていた窓の外には、彼女が世話している庭がある。更にその向こうには、彼女が指導して作り上げられた畑も見える。

 聖竜領の夜は暗いので、当然今は見えないわけだが。


「まさか、こんな風になるなんて想像もしていなかったなぁって思ってたんですよ。お屋敷があって、庭があって、畑があって、人も増えて……ここに来た時と比べると信じられません」

「そうだな。ここには何もなかった」


 彼女は本当に何もなかった場所を変えていった最初の一人だ。人生の転機に、ふと振り返る。そんなところだろうか。


「アルマス様、一つだけ私の秘密を教えましょうか?」

「いいのか、俺で」

「もちろんです。秘密だから、他の人へは秘密ですよ?」

「俺は口が硬い。拷問されても話さないぞ」


 それは安心ですね、と微笑みながら、アリアは言葉を続けた。


「実は私は、ロイ先生が行くって聞いたから、サンドラ様について来たんですよ」

「それは……本人に伝えた方がいいんじゃないか?」

「もう伝えてありますよー」

 

 二人だけの秘密だったわけだ。聞いてよかったんだろうか。


「アルマス様、ありがとうございます。お礼を言わせてください。ここに来て、大変だけど楽しいことをして、まさか好きな人と一緒になって幸せに暮らせるのは、アルマス様がいたからです」

「俺の暮らしが豊かになったのも皆のおかげだから、お互い様だよ」

「そうはいっても、一度ちゃんとお礼を言っておきたかったんですよ」


 微笑みながら、アリアは「ありがとうございます」と頭を下げた。


「幸せか、良いことだな」

「はい。でも、ちょっと不安もありますけれど。生活のこととか」

「? ロイ先生なら収入的にも問題ないだろう?」


 あの優しいロイ先生のことだ、アリアのことをさぞ大切にするだろう。子供でも生まれれば自分の仕事を放り出すかもしれない。


「いえー、あの、魔法士の方って、生活力が不安じゃないですか。家事とか」

「……それは誰を参考にしての話かな?」


 アリアとロイ先生は結婚すればそのうち屋敷を出ていく。家を構えるというのは大変素晴らしいことだが、同時に屋敷にいるメイド達の支援を受けれないことも意味する。

 その点で、魔法士の生活力が心配になるということか。なぜ、そんな話に。


「いえ、身近にいるのがアルマス様なので」

「……自分でいうのは何だが、俺は極端な例だ。ロイ先生なら大丈夫だろう」


 魔法士が自分の研究に夢中になって生活を蔑ろにするのはよくあることだ。ロイ先生もその辺りはしっかり魔法士なので心配もあるが……まあ、あの性格なら大丈夫だろう。それに、アリアも物事ははっきり言う方だ。ロイ先生と良い関係を築くに違いない。


「でも、ユーグ君がいうにはロイ先生も昔、三日間何も食べずに研究して倒れたことがあると」

「……それは昔の話だ。今はきっと違う。それにほら、ここなら回りに他の目もあることだしな」


 アリアを納得させるのに、しばらく時間がかかった。自分の知っている魔法士の事例に、ろくな奴がいなかった。過去の事例を見ても、どいつもこいつも……。俺の言えたことではないが。


「と、とにかくロイ先生は大丈夫だ。安心してくれ。何かあったら俺も手伝う」

「わかりましたー。きっと大丈夫ですよね。……ちょっと安心しました」


 なんか、結婚式よりもその後の方が心配になってきたな。

 新しい家庭として他人同士で生活するわけだから、意外とそれが普通なのかもしれない。

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