第307話「きっと大騒ぎになるだろうな。なにをするか見当もつかん。」

 聖竜領のほぼ中間地点に俺が作った港予定地。現在は釣り場として妙に盛況になってしまった場所だ。

 まさか、ここで皇帝と釣りをすることになるとは思わなかった。


「いやー、まさか真冬にこんな快適に釣りできるとはねー。来て良かったわー」

「気に入って頂けたようで何よりだ」


 俺は釣り場に木製の椅子、簡易テーブルを置いてクレスト皇帝と釣り糸を垂れていた。

 季節は真冬。防寒着があっても海風が体に染みる……というかとても寒い。さすがに俺も辛いので、周辺に暖房の魔法をかけておいた。おかげで快適だ。


「まさか護衛の者まで一緒に釣りをするとは思わなかったぞ」

「息抜きできる時には迷わずやれ、がうちの方針よ。ここなら暗殺やら何やらの心配もないしね」

「隣にいる俺が何かしでかす可能性は考えてないのか?」

「その時は諦めるわ。賢者アルマスが本気で余達を害そうとすれば、止められない。でも、理由がないでしょう?」

「その通りだな。俺としては今後も聖竜領で静かで豊かに暮らせるのが望みだ」

「そこはできる限りのことをするわ。なんなら皇帝の名前で書面もつけてね」


 頼もしい言葉を告げながら、皇帝は釣り糸を引き上げ、針に餌を付け直した。ちなみにどちらも釣れていない。日が昇ってから始めたのが悪かったのだろうか。


「釣り、楽しいわね。こうしてぼけーっとしてるだけでも楽しいわ」

「帝都でもやればいいんじゃないか?」

「海はあるんだけどねー。帝都でやると大げさになりすぎてねー」

「皇帝は大変だな」

「そ、大変なのよ」


 再び海に向かって釣り竿が振られる。天気は晴れ。気持ちの良い日だ。水平線を眺めているだけで気分が良くなる。

 帝都で皇帝が釣り、か。きっと準備やら警戒やらで大がかりになるんだろうな。

 案外、こういう場所を残しておけば、将来南部に別荘が沢山できた時の気晴らしに良さそうだ。


「ねぇ、賢者アルマス。他の六大竜が目覚める可能性ってあるの?」

「む……ちょっと待ってくれ」

『どうなんですか?』

『百年以内には早々目覚めぬはずじゃ。だが、他の連中もうっすら目覚めてはおるからのう。なんか面白いものを見つけたら、急に起きるかもしれん』

「可能性はあるが、低いそうだ」

「そ、なら良かったわ。あなたも、余達も運が良かった。この時代の、この場所に現われたことが」

「……そうだな。もし『嵐の時代』が続いていたら、こんな風には過ごせなかったろうな」


 もし、サンドラ達が開拓では無く、難民としてこの地に来ていたら。俺はきっと力を貸していただろうが、全然違う物事に遭遇していただろう。戦乱の時代に身を投じ、多くの戦いをくぐり抜けることになり、アイノの治療どころではなかったはずだ。

 平和な時代のイグリア帝国の辺境に、サンドラ達が来たのは、たしかに運がいいと言える。


「他の竜が目覚める時期と場所に懸念があるのか?」

「まぁね。聖竜領は理想的なケースよ。他の国で六大竜が目覚めて、眷属と住民が接触した場合どうなるか。想像もつかない」

『聖竜様はどう思いますか?』

『ワシもあんまり他のやつの行動を制限できんからのう。その時次第じゃな』

『せめて、一報入れるとかはできないのですか』

『それくらいならできるぞい。ま、他の連中も人間の争いに進んで関わることもないじゃろうけどな』

 

 六大竜、案外平和的だな。


『永く生きておるし、自分らの創った生き物が殺し合いするのを見るのは気持ちの良いものじゃないのじゃよ』

『進んで戦わせるような方々でなくて心底安心しましたよ』

『うむ。そうじゃな、他の連中に一言いっておくことくらいはできるのう。眷属同士を戦わせるな、とかじゃな』

『それだけでも十分ありがたいですね』


 少なくとも、俺は無用な争いをしないで済みそうだ。もし、自分の知り合いが戦いに巻き込まれ、相手に眷属がいた場合、何も出来ないなんていうこともありそうだが。

 その時は、別の手段を使って身内を守るとしよう。恐らく、眷属同士でぶつかるのは被害が最も大きい。今でも、仮に俺とハリアが本気で戦えば、聖竜領はボロボロになるだろう。そのくらいの力はある。


「思ったより深刻そうな顔してるけど、なんの話?」

「とりあえず、聖竜様が、眷属同士の争いを禁ずるように話してくださるようだ」

「この一瞬で大分重大な決断がなされたみたいね……」

「聖竜様はいつもそんなものだよ。大らかだが、決めることは大きい」

「さすがは世界を創りし六大竜ね」


 気さくなので忘れそうになるけど、俺みたいのが眷属になって、アイノを救う手助けまでしてくれたのが不思議なくらいだ。本当に良い方だ。この方の創った世界なんだから、もう少し穏やかでいてほしい。


「そういえば、皇帝はここでやる結婚式には出席するのか?」


 話題を変えるべく出たのはロイ先生達のことだった。近いうちに彼らの結婚式がある。その時、領内に皇帝は留まっているはずだ。参加するのかしないのかで、全員の対応が変わってくる。


「んー、祝福の言葉を送るくらいで、不参加ね。余が行ったら誰が主役かわかんなくなっちゃうでしょ?」

「違いない。賓客といえ大物すぎる」

「現実には現れない、聖竜くらいの立場が一番便利なのかもね」


 俺の頭の中で、もし聖竜様が物理的に存在して、ロイ先生とアリアの結婚式にいた場合を想像してみた。

 きっと大騒ぎになるだろうな。なにをするか見当もつかん。


『なにか失礼なことを考えておらんか?』

『いえ、滅相もない』


 聖竜様の問いかけを誤魔化していたら、竿に当たりが来た。即座に合わせてみたけど、残念ながら外れた。


「難しいな、釣りというものは」

「そうねぇ。ままならないよねぇ」


 釣り糸を垂れながら遠い目をして、クレスト皇帝はそう同意した。

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