第303話「つまり結局は剣術の話に戻るわけだ。」
マイアは現在、スティーナの家に身を隠している。意外と仲が良いし、酒が飲めない彼女は家で退屈しているので話し相手にちょうど良いという判断だ。
モートに会って方針を決めた俺が向かうと、さっそく室内に通されて、テーブルを挟んでの話し合いになった。ちなみにマイアの隣には退屈そうだが酒を断って少し健康的な顔色になったスティーナがいる。
「というわけで、モートに会って話すといい。俺も同行する」
「な、なんでそんなことになったのですか! 心の準備が!」
「話が通じそうな相手に見えたからな。権力や実力で強引に婚姻を迫る意思はなさそうにみえた。それに、ここで逃げて先送りにするのも良くないだろう?」
「そ、それはたしかにそうですが……」
困ってスティーナの方を見るマイア。話を振られて困り顔の大工は、頭をかきながら言う。
「アルマス様がそう思ったんなら、一度会ってみればいいんじゃないの? 一緒に行ってくれるみたいだし」
「少なくとも、話が変な方向にいったら注意しよう。約束する」
「ですが……」
「それとマイアが聖竜領にいたい理由をもっとちゃんと説明した方がいいんじゃないかねぇ。修行、だけだと今一つみたいだし」
「う……く……」
「そうだな。説得できる材料は多い方がいい。他に理由はあるのか?」
そう問うと、マイアは少し考えてから絞り出したような、切実な声で話しはじめた。
「……もう少し、自由が欲しいのです。我が家は幼い頃から剣術や作法をしっかり叩き込む方針で、成人した後もすぐに各地で領主の手伝いなどをさせられておりまして」
「そこに、マイアの意志はなかったわけか」
頷いて、マイアは更に自分の話を続ける。
「我が儘だとわかってはいるのです。ですが、自分で全てを決めることのできるこの数年はとても満ち足りているのです。剣の腕も上がりました。何より、もう少し修行を積めば、何か掴めそうな気もするのです」
つまり結局は剣術の話に戻るわけだ。修業の場としてここが彼女にとって申し分なく、離れがたいのだろうな。
「自由か。聖竜領の女性達は皆、苦労があったんだろうな」
「まあ、こんなところまで来て開拓しようなんて思う程度にはね」
肩をすくめてスティーナが応じる。
「マイアの気持ちはわかった。その上で、モートに会うのをお勧めする」
「……しかし、今の私には断るしか言えることがありません」
「そこだ。モートも前回拙速すぎたと反省しているようだった。そこで、聖竜領にいる間に交流し、相互理解を深めた上で判断する流れはどうだろう?」
「つまり……どういうことでしょう?」
スティーナが笑いながら言う。
「それはつまり、お友達から始めましょう、ということだね。アルマス様」
俺は無言で頷いた。
○○○
その日の夜、夕食後の屋敷に俺はマイアを連れて行った。応接にてモートを呼び出して話しを始める。こういうのは早い方がいい。
「マイアさん。お久しぶりです。その節は、大変失礼を致しました」
「う……いえ、気にしていません……。いや、しています。ですから、アルマス様と一緒に来ました。話をするために」
ぎこちないマイアとは対象的に朗らかに笑うモートは、俺に対して頭を下げる。
「アルマス殿、感謝致します。まさか、こんなに早くマイアさんを連れてきてくれるとは」
「早めに合わせて二人で話すべきだと思ったんだ。マイアも俺の話に納得してくれた」
「納得ですか?」
「モート。聖竜領にいる間、マイアと親交を深めてもらうことはできないだろうか?」
「……それはつまり、友人としての関係から始めろということでしょうか?」
理解が早くて助かるな。
「そうだ。正直、男女間のことに俺は明るくない。貴族同士なんて尚更だ。だが、君はマイアの意志を尊重してくれそうに見えた」
「だから、機会を与えてくれるというわけですね」
「マイアは俺の部下でも所有物でもないよ。ただ、彼女が納得できるようにしてくれそうだと思っただけだ」
「感謝致します。聖竜領の賢者アルマス殿。滞在中に、マイアさんから良い返事を聞かせて貰えるくらい、仲を深めて見せます」
「か、簡単ではありませんよ。私はまだ聖竜領にいたいのですからっ」
黙っていたマイアが警戒心全開で言った。うむ。最初はこのくらいがいいだろう。少なくとも、モートも強引に迫る意志はないようだし。案外うまくいくかもしれん。よくわからんが。
「その辺りの認識についても、双方で埋めてくれると嬉しい。マイア、モートは第一副帝の名代でもある。失礼のないようにな」
「それは勿論、わきまえていますとも」
一応、粗相のないように釘は刺しておく。後で何かあったら大変だからな。
「というわけで、俺が手出しできるのはここまでだ。後は若い二人で上手くやってくれ」
「はい。ありがとうございます」
「アルマス様? いきなり二人きりにする気ですか?」
席を立つとマイアが不安げに言ってきた。
「不安なら、二人で酒場にでもいって話すといい。誰かしらいるから、一緒に飲めるだろう。モートにもお勧めする。聖竜領にしばらく滞在するなら、顔を出しておいて損のない場所だぞ」
「それは楽しみですね。実は一度、こういった村の酒場に入りたかったのです。マイアさん、案内をお願いしても?」
「し、仕方ないですね。あなたの奢りですよ?」
その後、酒場に向かっていく二人を見送って、俺は屋敷の自室に戻った。
明日以降、どうなったかリーラ辺りに教えてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます