第302話「計算抜き、という人物は彼女の苦手とするところだ。」

「さて、どうするか考えるとしよう。できるだけ早くに」

「うぅ、面目ありません。まさか酔い潰れて寝てしまうとは」


 翌日の聖竜領の屋敷にて、微妙に顔色の悪いマイアが俺の前にいた。

 場所は食堂の隅。朝食の時間も過ぎて、今いるのはトゥルーズだけだ。彼女に聞かれても、何の問題もないので、俺はそのまま話をすることにする。

 マイアは昨日のやけ酒がよく回って、そのまま寝てしまった。仕方ないので屋敷まで俺が運び、現在に至る。彼女にしては珍しい失態だ。精神的に相当負荷がかかっているのだろう。なので、責めないことにする。それよりも先のことだ。

 朝の賑やかで騒がしい時間帯が過ぎた食堂で、どんよりとした顔のマイア相手に、容赦なく話を進めることにした。


「恐らく、今日の午後には例の帝国五剣、モートという男が到着するだろう。サンドラは仕事でここにはいない。そこでどう対応するかだが……」

「私は南部を逃げ回るというのはどうでしょうか? 時々補給さえしてくれれば、一冬しのげます」


 いきなり問題の先送りにかかったな。やろうと思ば可能だが、それだと何も解決しない。


「それをやって、うっかり一人でモートと接触した時、対処できるか?」

「うっ……。難しいですね」


 相手は帝国五剣。凄まじい実力の持ち主だ。肉体的にも精神的にもかなりのものだろう。マイア探しで南部を走り回るかもしれない。


「そこでだ。とりあえず、マイアは領内の誰かの家に隠れていてくれ。二日酔いということにしてもいい。その間に、俺が対応してみよう」

「良いのですか?」

「もちろん。それに、これが一番話が早そうだ。いざとなれば聖竜様を頼ることもできるしな」

「なるほど。『聖竜の試し』ですか」


 俺は頷いてそれを肯定する。最近使っていないが、最悪の場合、聖竜様にモートの心の中を見てもらうこともできる。話してみて、必要と判断すればそれも可能だろう。


「サンドラからの伝言だと好人物とあった。聖竜様に頼らずとも、話し合いでどうにかできるのを期待しよう」

「はい! お手数ですがよろしくお願いします!」

「一応言っておくが、俺はマイアの婚姻の話を断るんじゃなく、相手を見定めるだけだからな」

「え……。いえ、そこは自分でなんとかしますので、どうにか、突破口を……」


 とりあえず、相手を見てから対応を決めよう。もう、そうするしかない。


○○○


 先日降った雪は少なかったので、もう溶けている。それもあってレール馬車は運行中だ。

 その日の夕方の便で、モートはやってきた。


「初めまして。第一副帝ノーマ様の名代として参りました」

「聖竜様の眷属アルマスだ。サンドラから話は聞いている。遠路はるばる御足労をかけた」

「いえ、自分もぜひ一度伺いたいと思っていましたので。話に聞くよりもクアリアは大きくなっていますし、この地も興味深いです」


 応接に通され挨拶を交わすと、精悍な顔つきの男が少し幼さの残る笑みを返した。モートは黒髪黒目、少し童顔の真面目そうな印象を受ける若者だった。

 年齢的にマイアと同じか少し下くらいだろうか。想像よりも品の良い感じで普通の貴族の坊ちゃんと言っても通じそうだ。とはいえ、立ち振る舞いに油断はなく、俺を最初に見た時も鋭い視線でこちらを見ていた。その辺りは武人らしい。


「そうか。色々やっているからな」

「ノーマ様もご協力いただいた件、感謝しておりました。忘れないうちに、こちらを」


 そう言って、モートは横の荷物から分厚い封筒の束を取り出した。


「なんだこれは?」

「その……ノーマ様からリリア様へのお手紙です」

「定期的に連絡をしているはずだが。この量は一体……」

「なんでも、書いているうちに筆が乗ったとか……。なんとか、お渡し頂けませんか?」


 困り顔でいうモートの言い方はほとんど懇願だった。第一副帝の下で苦労しているのかもしれないな。


「承知した。彼女は基本、南部にいるからな。俺が責任を持って渡しておこう」


 責任を持つのは渡すまでだ。読むかどうかはリリア次第だな。冬の間の読み物にちょうどいいかもしれない。


「また、自分とは別便で、アルマス殿への贈りものも届く手筈になっています」

「俺に? いや、急に言われても困るんだが」

「なんでも、妹様と一緒に楽しんで欲しいとか」

「そういうことなら、受け取ろう。こちらにはどのくらいの期間、滞在する予定かな?」

「ノーマ様から南部の視察もするよう言われております。サンドラ様にも連絡済みでして、雪が移動が難しくなる前まで、こちらに滞在する予定です」


 意外と長いな。仕事込みならそんなものか。


「サンドラが承知しているなら問題ない。俺も屋敷にいることが多いから、何か困ったことがあれば言ってくれ」

「でしたら、マイアさんに会わせてくださると嬉しいです。その、帝都の大会以降、連絡を取りにくくてですね……」


 遠慮がちに向こうから本題が切り出されてきた。


「その件も把握している。マイアに会ってどうするんだ?」

「お話しできればと思います。あの時は一方的でしたから、今度はしっかりと向き合わないとと思いまして。大切なことですから」


 真っ直ぐな瞳から、真摯さがそのまま形になったような視線が放たれ、俺に向けられる。

 これはまさか、打算とか抜きでマイアに惚れているのか? 今の所、受け答えや雰囲気に不審なところはない。もしそうなら、サンドラが警告して来たのもわかる。計算抜き、という人物は彼女の苦手とするところだ。


「帝都でのこともあり、マイアは君のことを警戒している」

「やはりそうですか……」

 

 しゅんとうなだれるモート。素直だ。


「だから、俺から話を通しておこう」

「っ! ありがとうございます!」


 物凄く表情を明るくしてお礼を言われた。

 

 普通にマイアと会わせてどうにかした方がいいかもしれないな、これは。


 そんな風に、俺は今後のことを考えるのだった。


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本日、拙作『左遷されたギルド職員が辺境で地道に活躍する話』の書籍発売日です。

宜しくお願い致します。

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