第297話「報酬を聞かれた。これはこれで、貰っておくべきか。」
「お久しぶりですね、アルマス様」
「忙しいところ時間ととってもらってすまないな、スルホ」
クアリアの領主の屋敷。城塞を思わせる立派な建物の一室で、俺はスルホと対面していた。
アイノから話を聞いたその日の内に魔法具で手紙を出して、翌日には走ってクアリアに到着。午後の早い内に時間を作って貰えて良かった。
「いえ、他ならぬアルマス様ですし、ぼくの領地の話ですから」
「そう言って貰えると助かる。シュルビアの方は壮健か?」
「身重ですからね。悪阻が思ったよりも酷くて、体力が落ちているようです」
「ふむ……良ければ後で見せてくれ。多少は力になれるかもしれない」
身重の体というのは大変だ。下手に薬を与えることもできない。スルホは体力が落ちていると控えめに言ったが、サンドラからの手紙によると食事もあまり取れず、大分弱っているという。
俺の回復魔法で体調を整えれば多少は改善するはずだ。今回の件の礼として、後でやっておこう。
「感謝致します。早速ですが、村についていくつか調査をさせてみました」
そう言ってスルホが机の上に何枚かの書類を置いた。さすがだ、仕事が早いな。
「ふむ……ポプリの偽物については、もう対応しているのか」
「はい。実は少し前から怪しいものが出回っておりまして、サンドラと共に調査中です。アルマス様にはもう少し事実関係がはっきりしてから、ご連絡をと思っていました」
「そうか。困ったものだな……。どう対策をとればいいのだろう」
「獣避けのポプリなど、聖竜量産の一部の特産品は許可証を出した商会でしか扱えないよう、これまでより厳密に管理します。行商も同様ですね。それ以外の場所から購入はできないようにしようかと。それと、偽造をした者を見つけて、厳しく罰します」
穏やかなスルホらしくない、断固とした態度だった。これは、相当怒っているな。当事者の俺よりも。
「かなり厳しく動くようだな」
「はい。聖竜領へは最大限の対応をしなければいけませんから。いえ、アルマス様に言うことではありませんね」
「いや、助かるよ。俺はその辺りの自覚が今一つだからな」
「偽物を作った者の目星はつきつつあります。帝都に質の悪い商会がありまして、そこの差し金だとか。魔法伯がかなり本腰を入れて動いているようです」
「なるほど。あの男がか、少し同情するな」
恐らく、軽い気持ちで偽物作りに手を出した商会とやらは大変なことになるだろう。あの男のことだ、ついでに政敵の一つ二つ消すつもりかもしれない。
「ですので、アルマス様は落ち着いて事態の推移を見守っていただければと思います」
そういってスルホは深く頭を下げた。形としては帝国が俺に迷惑をかけたことになるわけだしな。聖竜領と共に領地を繁栄させているスルホにとって、俺との仲は最重要事項というわけだ。……なんか、大分気を遣わせてしまったな。
「承知した。偽物を掴まされたところには、後で本物を渡してやってくれ。農産物の収穫に影響が出たらことだ」
「承知致しました。それと、アイノさんが見つけた保管小屋ですが、こちらは村の災害時の備蓄ではないかと」
「災害?」
「はい。ここ数年は豊作ですが、そうでない年もありますので。村によっては、少しずつ備蓄する習慣があるのです。特に今回の場所は、何度か水害がありまして」
たしかに、村には氷結山脈から流れ込む川があった。小さなものだが、天候によっては大きく増水することもあるだろう。
「では、こちらは杞憂だったということかな。余計な手間をかけた」
「いえ、収穫量が多いというのが気になります。少々、こちらの方で対処をさせてください。測量のし直しなどを行いますので」
そう言いながら、スルホはテーブル上の書類を指さした。
「……なるほど。この件はクアリアの問題だからな。俺は関知しない」
「そう言っていただけると助かります。こちらとしても、妹さんにも大変お世話になっていますので、できる限りのことはしますよ」
俺の言葉に一安心したのか、ようやく穏やかな笑みを浮かべてスルホがいう。
「村の者はアイノにとても親切にしてくれたらしい。あまり、厳しくしないでやってくれ」
「では、そのように」
「さて、次はシュルビアだな。俺は医者じゃないから回復魔法で少し元気にするくらいしかできないんだが……」
「十分です。正直、妻が調子を崩すと昔を思い出してしまって、気が気でなくなってしまいます」
病弱だった頃を想起するのはスルホにとって辛いことだろう。愛妻家だしな。ここは一つ、頑張ってみるとしよう。
「アルマス様、この件でのお礼はなにかご要望がありますか?」
報酬を聞かれた。これはこれで、貰っておくべきか。
「ふむ……。そうだ、マイアに求婚したという帝国五剣、彼の情報が欲しいな。それと、クアリアに来たら聖竜領に知らせも欲しい」
「承知しました。お任せを。……しかし、なかなか難しいことが起きるものですね」
「領主の仕事の方が大変だと思うぞ。ところで、子供の名前は決めたのか?」
「大分絞り込みまして、あと五六個です」
「かなりあるな……」
それからスルホの子供の名前候補を聞きながら、シュルビアの部屋に向かうことになった。
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