第296話「今回に限っては、まずアイノに会うことにした。」

 アイノは現在、クアリアから西に行った先で作業をしている。

 内容は相変わらずの街道へのレール敷設だ。段々、聖竜領から遠ざかっているが、そこは工事が順調だということにしておこう。

 俺はサンドラに事情を説明した上で、可能な限り急いで向かった。俺が急ぐという場合、足で走ってになる。馬より早いし何日でも走れるのだ、竜だから。


 久しぶりに眷属としての身体能力を存分に発揮したおかげで、連絡を受けた翌日の夕方には、アイノが滞在する村に到着した。途中、すれ違う人々が驚いていたが、そこは許してほしい。聖竜領に近づけば、ごく稀に見られる現象だ。


 クアリアから馬車で半日ほどの村は、工事の人員がとどまっていることもあり賑やかだった。聖竜領でよく見られる簡易小屋も建てられている辺り、工事の規模が想像できる。

 村そのものも、聖竜領よりも大きい。周囲は畑。北側が丘になっていて、水が流れ込んでいる。もっと北上すれば、氷結山脈にぶつかる、そんな場所だ。


 本来なら村長なりに顔を通しておいた方が良いのだろうが、今回に限っては、まずアイノに会うことにした。

 小屋では無く、宿をとっているとのことだったので、まっすぐそちらに向かう。ここまでの移動で目立ってしまったし、村の者には俺が来たことはばれてしまうだろうな。


 こじんまりとしているが、小綺麗な宿屋に入ると、すぐにアイノの部屋を紹介された。


「こちらです、アルマス様」

「ありがとう。念のため、君は席を外していてくれ」

「承知致しました」


 聖竜領から世話係として同行しているメイドにそう言ってから、扉をノックする。


「アルマスだ。連絡を受けて来た」

「兄さん。ありがとう。こんなに早く来てくれて」


 扉を開けて現われたのは、元気そうな妹だった。うむ。体調は問題ないようだ。心理面はわからないが、まだ見た目に現われるほどではないようだ。


 中は、ベッドが一つにテーブルと椅子が二つ置かれた小さな部屋だ。一応、この宿でもっとも広い部屋らしい。メイドは隣に部屋を用意して、アイノを手伝っているという。


「ごめんなさい。お茶の用意もしていなくて」

「いいさ。俺が慌てて走ってきたのが悪いんだ」

「走ってきたの? 大丈夫なの、その、噂とか」

「問題ない。たまには聖竜様の眷属らしいところを見せないとな」

「今でも十分だと思うけれど」


 そんな会話をしつつ、勧められた椅子に座る。正面に腰掛けたアイノはやや緊張した面持ちだ。仕事以外で俺に相談するなんて、想定していなかったんだろう。


「アイノ、落ち着いて順番に話してくれ」

「うん。まずはこれ、聖竜領で作っている獣避けのポプリだけれど……」


 テーブル上に置かれたのは、少し古ぼけたポプリだった。眷属印では無く、領内で採れたハーブを詰めた量産品だ。俺が育てていなくても、それなりに効力を発揮する品のはずだが。


「これがまったく効果がないそうなの。どこかおかしいのかな、と思って預かったんだけれど」

「ふむ……これは……偽物だな」


 袋に触った瞬間わかった。布の質感が違う。獣避けのポプリはクアリアで生産された袋に入れているのだが、手触りと質が良い。今手にしているのはいかにも粗悪品だ。

 外に置かれる物といはいえ、ここまで劣化しないはずだ。


「偽物? 本当に?」

「ああ、布が違うし、ここに入っている聖竜領の印も違う」


 袋には聖竜領の印を入れることにしているんだが、そちらも形が違った。竜と森をイメージした紋だが、所々変な形になっている。


「どこかで偽物を掴まされた、という所だな。これは結構な問題だ」


 聖竜領の品を偽造しているのは大変な犯罪である。というか、命知らずだ。皇帝も特別扱いするような領地の品を偽造するとか、怒り以前にどういう発想をしているのか気になってくる。


「これ、どうすればいいの?」

「サンドラとスルホに投げる。俺達では調査できない。この村の者達も被害者である可能性は高いだろう」

「そう……良かった」

「村の人達は良くしてくれるのか?」

「うん。本当に親切で、助かってるの。でも……」

「もう一つの話だな。麦の量をごまかしている、か?」

「うん。農家の人の話でね、最近は収穫も増えてるのに、もっていかれる分も増えて楽にはならないって」

「税はそう簡単に減らないからな」


 スルホは善政を敷いているとはいえ、税を極端に減らしたりするわけじゃない。農地の収穫量に応じて、とても上手に調節している。


「しかし、楽にならないということはないはずだが。ここ数年は豊作のはずだぞ」

「ええ、それでね、一緒にいるメイドの子と辺りを回ってる時に、村の隠し倉庫を見つけたの。その中に、大量の麦が保管されていて」

「ふむ……」

「それと、サンドラさんの仕事を手伝った時にこの辺りの書類を見たんだけれど、それより収穫量が多い気がするの」

「それは、本当か?」

「うん。この前収穫祭があって、村長さんが嬉しそうに収穫量を話してたんだけれど、ちょっと多いな、と」

「ふむ……」


 なるほど。それは気になる話だ。偽造と麦の収量、それぞれ別件に思える。そして、俺が一人でどうこうできるものではないようだ。


「アイノ、この件は村の者には話していないな?」

「うん。まずは兄さんに話した方がいいと思って」

「よくやった。それでいい。俺達は権力者と仲がいい。下手なことをすれば、何の罪もない人を巻き込んでしまう」


 アイノが冷静な子で良かった。すでに騒ぎ立てた後だったら、事態の収拾に苦労しただろう。地域の領主はおろか、皇帝や第一、第二副帝とも交流のある俺達は、村の人間からすればかなり怖い存在のはずだ。事実、アイノが厚遇されているのも、そういった面からだろう。

 力を持つ者は、それなりに考えた振る舞いが必要だ。正直、俺も面倒だと思うが、こればかりは慎重に行きたい。


「アイノ、数日でいいから時間をくれ。俺もここにとどまろう」

「うん。兄さん、どうするの?」


 俺は持ってきた荷物から、連絡用の魔法具と紙とペンを取り出しながら言う。


「こういうのは、詳しい者に相談するのが一番早い」


 他力本願だが、サンドラ達に力を貸して貰うとしよう。

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