第295話「奪い合いで大変なことになる。間違いなく。」
秋を迎えたら氷結山脈に行く。これは結構大切な仕事だ。魔物狩りに精を出す客が冬に来るし、人里近くまで危険な個体が降りてきたら大変である。
一応、氷結山脈の様子については聖竜様が教えてくれるし、森のエルフ達も定期的に魔物の出現を教えてくれる。
ここ数年で大分狩られたので割と安全になったとか、危険な魔物は標高の高い場所にいるという事情もあるので割と何もなかったりもする。
それはそれとして、確認は必要なので俺は荒涼とした氷結山脈に足を踏み入れた。
「珍しいな、ユーグとマイアが一緒とは」
「そうでもないですよ。この辺りの採取で結構同行をお願いしています」
「エルフの里から日帰りできる範囲ではありますが!」
山中の岩場で焚き火を囲みながら、俺はマイアとユーグの二人と休憩していた。焚き火には鍋がかけられていて、ユーグお手製のスープが作られている。結構美味しかった。薬草系の魔法士だったはずだが、料理上手だとは。意外と多芸な男である。
「こんな方まで採取に来ているのか。珍しい植物があるのか?」
「探しているのは聖竜領の固有種ですね。珍しい薬草はあるんですが、そちらはなかなか。地域の特殊性からして、ありそうなんですが」
「それはなかなか難しそうだな」
「あとは、トゥルーズさんから料理用の珍しい植物類を頼まれることがあります。エルフ達が栽培するものでなく、山に自生しているものが良いとかで」
「最初は私が頼まれていたんですが、草は区別がつきませんので!」
マイアが豪快に笑った。なにか言いたいが、俺も区別がつかないのは一緒なので、何もいえないな。
「山を下りてくる魔物が減っているのは残念だな、マイア」
「いえ、アルマス殿が鍛錬に付き合ってくれますので! むしろ助かります!」
今日は実質、植物採取の日になってしまったので、マイアの稽古に付き合った。恐らく冬に来るであろう、帝国五剣への対策だ。ただ、日々鍛練を重ねているマイアとて、帝国最強の剣士にすぐ勝てるとは思えない。状況によっては、俺やサンドラが策を弄する必要もあるだろう。
「マイア、例の男が来たとき、手に負えないと思ったら俺達を頼るんだぞ」
「承知しています! 私はまだここで暮らしたいですから。手段は選びません!」
自分の手で、と言わない辺り、彼女も柔軟になったな。勝ち目のない戦いに挑むなら、別の手段も用意するくらい許されるだろう。そう思うのは、俺が正々堂々とした武人ではないからかもしれない。
「しかし、ユーグが探しても聖竜領の固有種は見つからず、か」
「どちらかというと、作物がそんな感じになりつつありますね。聖竜領で品種改良された野菜や麦がそのうち帝国内に出回るんじゃないですか?」
「そこはサンドラ次第だな」
聖竜領で採れた小麦や野菜は、他の土地でも収穫量が増えたり、病気に強くなる傾向がある。一番いいのは、この地の畑に植えることだが、遠い地域でもそれなりの収穫になるそうだ。
『うーむ。麦やら野菜に名前がつくだけでは寂しいのう。やっぱり作るかの、聖竜草!』
『ちなみにどんな効能の草にするつもりなんですか?』
『それは勿論、万病に効き、どんな傷もたちどころに癒やす、奇跡の薬草じゃろ。なんなら寿命も延ばす』
『もっと手加減した効能の方がいいですよ。それだと戦争になります』
奪い合いで大変なことになる。間違いなく。そうでなくても、微妙な立場の地域だというのに、自ら火種を作るわけにはいかない。
『仕方ない。もう少し加減したものを作るかのう』
『効力を絞って弱めましょう。それで、どこでも育つ方がいいかもしせませんね。この地域を狙う理由がなくなる』
『みんな仲良くするのは難しいのう』
聖竜様の言うとおりだ。あらゆる種族が平和的に付き合っていくのは難しい。争う理由なんて、何も無いところからでも生まれてくるんだから。
「どうしたんですか、アルマス様。遠い目をして」
「いや、争いは空しいと今更ながら思ってな」
「たしかに、少しわかります!」
少しか。まあ、マイアは武人だからそんなものかもしれないな。
『アルマス、アイノから緊急連絡じゃ』
『何ですって?』
突然、聖竜様が緊迫した声で言ってきた。
アイノは今、クアリアの西で仕事中だ。魔法具も使わず、聖竜様経由で連絡とは相当の事態だぞ。
『作業現場近くの村で、いくつか困ったことが起きていて、できれば来て欲しいそうじゃ』
『困ったこと、ですか?』
もう少し具体的な内容が欲しい。俺がここで遠出となると、サンドラに話を通す理由が必要だ。
『なんでも、昔お主が作ったポプリが効かないとか、村の収穫量が怪しいとか、色々相談したいそうじゃ』
『……少し、気になりますね』
俺が絡んだ話な上に、微妙な話題だった。これは、見に行った方がいいだろう。
「む。どうしたのですか、アルマス殿」
気配が変わったことに気づいたのか、マイアが聞いてくる。
「少し、出かける用事ができた。悪いが、先に失礼させて貰うぞ」
妹に手を貸すため、少し、出かけるとしようか。
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