第294話「働き者なのは結構だが、やりすぎないようにお願いしておこう。」
聖竜領中心部で行われている集会所の工事現場。今はドワーフたちが入って凄まじい速度で内装工事が進んでいる、その場所の様子を見に行くことにした。
そうしたら、自然と総メイド長がついてきた。
リーラはいない。なんでも、突発的に里のメイドに遭遇して、反応を見るのも目的らしい。
「ここが建築中の集会所だ。入ってすぐは大広間、扉の向こうは二階建ての構造になっていて、小さな会議室や事務室を置く予定だ」
「ありがとうございます。わざわざご案内までして頂きまして」
「問題ない。ついでというやつだ」
「失礼ながら、思ったよりも立派な建物なのですね」
「いや、実は俺も驚いているんだ」
実際、集会所は立派な建物だ。二階建て相当の大きな建物で、入ってすぐは天井まで吹き抜けになっている広間。ここには机や椅子を配置して、一段高くなった場所に聖竜様の像を移設する予定だ。
そこから右奥にある扉の向こうは建物の後半部分。二階立てで、厨房、小会議室、二階には宿泊にも使える部屋が用意されている。
内装はドワーフ達による細工がなされ、アーチ構造の外壁が建物を支えている。ちょっとした宮殿めいた佇まいすら感じるできあがりだ。ちょっと、田舎の景色からは浮いているかもしれない。
「学校の近くにこれだけのものがあれば、研修に使えますね。パーティーなどの練習としても……」
口元に手を置いて、仕事について呟く総メイド長。真面目なのだろう。いかにして、聖竜領の環境を学校経営に生かすかを、常に考えているようだ。
「パーティーか。南の別荘地には、帝国の有名人が来るはずだから、何かできるかもしれないな。皇帝とか、第二副帝とか滞在するはずだ」
「……話には聞いていましたが、本当に恐ろしい場所ですね。研修中という名目で勉強させて貰えるでしょうか。これは検討しないと……」
深く考え込んでしまった。勉強相手としては大物過ぎるな。研修には付き合ってくれそうではあるが。
「なんか、面倒なことを言ってしまったか?」
「いえ、滅相もありません。失礼致しました。私ともあろう者が、ご案内している最中に考え事など。メイド島では用意できない環境なので、少々、面白くなってきておりまして」
たしかに、総メイド長の目は爛々と輝いていた。仕事の鬼の目だ。
「森にはエルフ、ドワーフ王国からの定期便、帝国内では最上位の方々。メイド島では積むことが難しい経験を得ることができるでしょう」
「たしかに、身分どころか、色々な種族を相手にできるのは勉強になるかもな」
「そうなのです。その上、クアリアという発展している都市も近いのが良いですね。メイド島も海を渡れば西都にすぐ行けるのが重要なのです」
「西都、第一副帝の収める都市だな」
第二副帝の東都のような場所の近くにあるんだな、メイド島。絶海の孤島にあると勝手に思っていた。
「メイド学校を建設する条件は満たしている、と見て良いのかな?」
「勿論ですとも。最初はこの地域への対応に出遅れた第一副帝様の勇み足かと思いましたが、想像以上に良さそうです」
「……それはなによりだ」
第一副帝は割と勢いで決めたような気もするが、それは黙っておこう。結果的に、良い方向に転がったわけだしな。
「集会所の中には、現在広場の祠にある聖竜様の像を移設する予定だ。これの裏側にひっそり、というのは悪いのでな」
「なるほど。領地の象徴ですからね」
聖竜様は最初は気にしないと言っていたんだが、お供え物が増えるかもと言ってみたら俄然乗り気になったのは秘密だ。
そんな風に集会所の案内を終えて、次は商店などが並ぶ方へ行こうと思ったら、ルゼが見えた。
「こんにちは、アルマス様。そちらは噂の総メイド長ですね。はじめまして、ルゼ、と申します。エルフの村長をやっております」
「はじめまして。メイド島の総メイド長です。よろしければ、役職でお呼びくださいませ」
丁寧に一礼する総メイド長。そういえば、本名を全く名乗らないな。なにか理由があるんだろうか。
「ルゼは村の医師も兼ねている。きっと、世話になるだろう」
「なるほど。噂の聖竜領の薬草をも使いこなすお医者様なのですね。いつもメイド達がお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそ……」
社交辞令的な挨拶をしつつ、ルゼは俺に細工物を見せてきた。
「アルマス様、里で加工した護符ができたので、お持ちしたのですが」
それは、俺が魔法陣を組み込んで作った護符に、森のエルフが更に細工を施したものだった。曲線主体の素朴な木工細工。植物を模したデザインが、俺の護符を品良く飾っている。
「いいんじゃないか。豪華すぎず、それでいて俺が作っただけの雑さもなくなっている。有り難い」
いや、想像以上の仕上がりだ。ちょっと無茶なお願いをしたかと思ったんだけど、エルフの職人もやっぱり凄いものだな。
「アルマス様からのご依頼ですから、担当者が張り切りまして。気に入って頂けたのなら良かったです」
「気に入るもなにも、これでいかせてもらうよ」
そんなやり取りをしていると、横の総メイド長が興味深げに見ていた。さすがに、これで説明しないわけにはいかないな。
「実は、めでたいことがいくつかあってな。俺が魔力を込めた護符を贈りたいんだが、見た目に問題があって手伝って貰うことにしたんだ」
「なるほど。エルフの方に頼んだと言うことは、聖竜領産であることを重視したのですね」
しっかりと意図を把握してくれた。さすがは総メイド長だ。
「アルマス様が作った、ということは何かしらの効果があるのでしょうか?」
「一応、持っているだけで体の調子が多少は良くなるはずだ。常に元気とまではいかないが」
「……素晴らしい。それがあれば我々はいくらでも働けますね。噂の眷属印の薬草と合せれば、かつてない効率で動くメイド達を生み出すことも」
「そういう危険な働き方は駄目だ」
目の色を変えるどころか、危険思想まで語り出したので、俺はしっかりと総メイド長に釘を刺しておいた。働き者なのは結構だが、やりすぎないようにお願いしておこう。
「やっぱりこの護符、商品にしない方が良さそうですね」
「ああ、これが俺の仕事になってしまう」
「それは……残念です」
心底残念な顔をされたが、俺はこの護符を記念品でしか作らないと固く決意した。
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