第293話「メイド達にとっては緊張感のある日々になることだろうな。」
聖竜領の中を歩くのは面白い。
特にここ最近は、人も物も増えたおかげで、変化が多く、飽きることが無い。
仕事でちょっと離れた隙に、新しい店の準備が始まっていたり、見慣れない商品が入荷していたりと、新鮮な発見がある。
やはり、人が増えたことが大きい。今でも地域全体をまとめて聖竜領と呼んではいるが、実際は領主の屋敷の周辺や森の中、それと南部と三つに分かれた、ちょっとした村である。
そろそろ、しっかりと村の名前を考えてはどうかと話題に上るのだが、これがなかなか難しい。言い慣れているし、案が出ない。試しに開拓者に敬意を表して「サンドラ村」を提案したら、怒られたこともある。
「おや、リーラじゃないか。メイド達の様子見か?」
「これはアルマス様。正解でございます。一応、メイド長ですので、皆の様子を見るのは私の仕事になりますので」
ダン商会の雑貨屋から一人で出て来たリーラに話しかけると、想像通りの返事があった。
メイド長となってからの彼女は単独でよく見かける。その場合は、メイド達の面倒を見ていることが多い。
「基本的に問題ないのですが、たまに様子を見ないと暴走して良からぬことをするのが問題です。メイド島の人材は優秀故に、色々と思いついてしまうのでしょう」
「…………」
それは上司に似たのでは? と言いそうになったが、何とか我慢した。
「どうかされましたか?」
「いや、部下を持つのは大変だな、と思ってな。……おや、メイドが走ってくるぞ、真っ直ぐこちらにだ」
気配を感じて、屋敷のある坂の方を見ると、メイド服が物凄い勢いで駆けてくるのが見えた。一直線に向かって来る。リーラへの緊急の用件だろうか。
「……これは、何かありましたね」
走るメイドを鋭い目つきで見据えて、リーラが言った。聖竜領のメイドはまず慌てない。それを察して警戒しているのだろう。
程なくして、屋敷から駆けてきたメイドが俺達の前に到着した。
「そんなに慌てて、一体なにがあったのですか?」
その問いかけに、小柄なメイドは息を素早く整え、慌てた口調で一気にまくし立てる。
「大変です、リーラ様! メイド長が! 総メイド長がいらっしゃいました!」
その言葉を聞いた瞬間、リーラの動きが止まった。
「…………」
「どうしたんだ? 総メイド長とはなんだ?」
何とか平静を保っているのだろう。表情はともかく、硬い声でリーラが応える。
「メイド島で、もっとも地位の高いメイドです。私達の頂点にいらっしゃるお方ですね」
「……そうか」
どうやら、とんでもない人物が来訪したらしい。
屋敷の前に戻ると、メイド服の女性がいた。黒白二色の見慣れた服だが、胸のところに勲章のようなものをつけているのが非常に目立つ。よく見れば、布の材質やデザインも微妙に高級感があり、どこか一般的なメイドと存在感の違う人物だった。
「お久しぶりです。総メイド長」
「お元気そうで何よりです、リーラ」
到着するなり、それぞれ澄ました顔で挨拶を交わした。
総メイド長は三十歳にもなってないくらいの見た目だ。想像より若い。優しそうな顔つきに、銀髪。ただ、漂う雰囲気が物々しい。帝国五剣を前にした時のような、独特の威圧感がある。何らかの高みに達した達人だけが持つ、独特の風格があった。
また、恐らくだけど、エルフの血が混じっているのか、少し耳が尖っていた。外見が若く見えるのは、そのためかもしれない。
「申し訳ありません。出迎えもできずに」
「当然です。こうして突然来なければ、あなた方の普段の仕事ぶりがわかりませんから。マルティナも驚いていましたよ」
わざとか、だが、納得のいく理由だ。
「総メイド長が自らいらっしゃるとは、ご用件をお伺いしても?」
「新たな学校が建設されるのですから、現地の視察と打ち合わせです」
こちらも納得のいく理由、というか今更すぎる話だった。そもそも、当人達が来ないで先に建設が始まってるのが異常だな。第一副帝の力というのもあるけれど、必要な工程を大分飛ばしていた。
「打ち合わせ……ですか。お嬢様はこのことを?」
「もちろん、ご存知です。その上で、リーラには私の来訪を伏せていて貰いました」
「そんな……」
珍しいことにリーラがショックを受けていた。サンドラが自分に隠し事をしていたのが相当効いたらしい。でも話してたら、抜き打ちで様子を見る方の仕事が台無しになるから仕方ないだろう、これは。後でフォローが大変そうだな。サンドラには頑張って欲しい。
「まさか……お嬢様が……」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。メイド島で総メイド長を務めている者です」
打ちひしがれているリーラを無視して、総メイド長は俺に挨拶を始めた。
「アルマスだ。聖竜様の眷属をしている」
「存じております。ご高名な聖竜領の賢者様にお会いできて、光栄にございます。リーラや、マルティナ、メイド達の働きでご不便はありませんか?」
「いや、特にないな。皆、優秀で、俺はとても助かっている。何分、苦手なことが多くてな」
そういった瞬間、総メイド長の目の色が変わった。
「風の噂でお聞きしたのですが、アルマス様は身の回りの生活があまり得意でないそうですね?」
「ん、ああ。でも、できる限りのことはしているぞ。上手くはならないが……」
「ほほぅ……」
なんか、凄い目でこちらを凝視している。どういうことだ。
戸惑っていると、リーラが近づいて来て、そっと耳打ちした。
「恐らく、総メイド長はアルマス様に仕えるべき相手の資質を見出したのではないかと」
この短時間で何を見られたんだ、俺は。
「リーラ、余計なことを言わないように」
しっかり聞こえていた。さすがは総メイド長、耳が良い。
「コホン……彼女の言うとおり、アルマス様は実に仕え甲斐があるのです。確固たる信念があり、身を粉にして働く。それでいて周囲の者を気遣える上に、生活力が著しく低い……」
「これは……褒められてるのか?」
「褒めています。最大限」
つまり、真面目に働いていて、生活が疎かなのが良いと言うことだろうか。いや、むしろ、一瞬でそこまで見抜いた報が驚きだ。それとも、事前情報がそんなにあるのか?
『どうやら、お主の詳細についてもかなり知れ渡っているようじゃのう』
『どんな情報が世の中に漏れてるのか、不安になってくるんですが』
そのうち誰かに詳しく聞いてみよう。サンドラの父、ヘレウス辺りが一番詳しそうだな。
「ああ……いいですね。外で世の中を驚かせるような仕事をして帰ってきた主を出迎え、お世話する。一人のメイドとして、至高の体験です」
どうも自分の世界に入ってしまったようだ。総メイド長、なかなかの人物だな。
「さすがはリーラの上司だな。よく似ている」
「どういう意味ですか」
「そうですよ。リーラはよく出来た生徒ですが、まだ未熟です」
「なかなか厳しい。俺から見れば、リーラは最高のメイドだと思うんだが」
「……ありがとうございます」
素直に感想を言ったらリーラには礼を言われ、総メイド長はまた目を輝かせた。「ちゃんとフォローするところも高得点です」と、物凄く小声で言ったのもしっかり聞こえた。
「失礼、少々取り乱しました」
俺が微妙な顔をしているのに気づいたのだろう。総メイド長は表情を引き締めると、軽く居住まいをただした。
「しばらくの間、リーラ達の働きを見つつ、メイド学校建設についての打ち合わせで滞在させて頂きます。どうか、宜しくお願い致します」
その一例は、直前までの奇行を全て消し飛ばすような流麗な動作だった。所作一つとっても超一流。礼儀に詳しくない俺でも、よくわかる見事なものだった。
「ああ、宜しく頼む」
「……宜しくお願い致します」
横でリーラが微妙に嫌そうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。メイド達にとっては緊張感のある日々になることだろうな。
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