第292話「だが、そこでふと、思いつくものがあった。」

 秋も終わりともなると、海から吹く風は冷たい。

 俺が造成して準備した港建設予定地。この日は時間ができたので、軽く釣りに出ることにした。

 季節が移り変わっても、雪が降るまで土木作業は続行。こうして隙間時間で身も心も休めるのは大切なことだ。


「しかし、驚くほど釣れないな。俺達の何が悪いんだろう?」

「道具や餌に釣り方を工夫してもいまいちですねぇ」

「釣りというのは、案外そんなものかもしれない」


 俺のすぐ側では、釣り竿を手にしたトゥルーズとドーレスがいた。この場所に来るときはおなじみになった二人である。むしろ、俺がいない時でも通っている。そのうち近くに小屋でも建てるんじゃないだろうか。


「やはり時間帯が悪いんだろうな。早朝か夕方がいいだろう」

「雪が降る前に泊まり込みをするべきかも」

「いよいよ、本格的に野営の準備をするべきかもです」


 魚には釣れやすい時間がある。日の出か日没前後がそれにあたるとされるらしい。ドーレスが仕事の合間に調べてくれた情報だ。残念ながら、立地と仕事の関係で、その時間帯での挑戦はできていない。

 トゥルーズの言うとおり、本格的な冬が来て、この場所へ来ることすら難しくなる前に一度くらい実行すべきだろうか。

 そんなことを検討しつつ、俺達は釣り糸を垂らす。このまま暗くなる前まで海を眺めて話すのが、この場所での日常でもある。


「そうだ。シュルビアの出産祝いで悩んでいるんだが、二人はどうするんだ?」

「私は料理を頑張る。それしかできないから」

「あてくしは、お屋敷に色々と卸しておりますので、それを踏まえて丁度良さそうなものを商会長と一緒に選ぼうかと」

「そうか……」


 この二人は、仕事がそのまま贈り物に結びついてるようなものだったな。俺よりも選ぶべき物が明確だ。ちょっとうらやましい。


「アルマス様はお守りを作ればいいと思う」


 トゥルーズが「なんで悩んでいるの?」とばかりに怪訝な顔で言ってきた。効果はともかく、俺の作る護符は聖竜領で一定の地位に収まっていたらしい。


「それでもいいんだが、どうせならもっと拘ったものにしたいんだ。見た目とか」

「たしかに手作りの素朴さはありますけど、魔法陣が見えてたりしますですし、結構カッコイイと思うですが」

「下手をすると家宝として受け継がれると聞くと、ちょっとな……」

「なるほどです。少し見た目に拘りたくなったですね」


 ドーレスが納得してくれた。商人だから、俺の意を汲んだだけかもしれないが。


「とはいえ、急激に俺の手先が器用になるわけでもないしな……」


 そんな簡単に細工物が上達するようなら、森の中で四百年以上、生活に苦労しない。

 自分のことながら困ったものだと自嘲気味に空を見上げると、珍しい物が目に入った。


 青空の中、北から飛んでくる水竜の眷属だ。下にぶら下げているのは、人が乗るように加工された専用の荷箱。


「あれはフリーバか。では、帰ってきたんだな。ドワーフ王国から」

「このまま聖竜領で集会所の内装作業のお手伝いです」


 ドワーフ王国との定期便だが、ついに用意が整った。とはいえ、すぐに定期運行とはいかず、まずは試験からとなったわけだ。そこでサンドラは抜け目なく、集会所の建設要員をドワーフ王国に依頼していた。

 既に集会所の外枠はできあがっていて、あとは内装がメイン。ドワーフたちの力を借りて、ロイ先生の結婚式までに見事に仕上げる計画である。


「アルマス様、祝いの贈り物、ドワーフに作ってもらえば?」

「たしかに、これ以上うってつけの種族はいないな……」


 トゥルーズの言うとおりだ。彼らの作り出す見事な細工物に、俺の書いた魔法陣と魔力を仕込んでおけば、見た目も中身も充実の逸品が生まれるだろう。

 だが、そこでふと、思いつくものがあった。


「いや、ドワーフではなく、エルフに頼んでみよう。どうせなら、全て聖竜領のもので作りたい」

「なるほどです。それは良い考えですね」


 エルフ達の細工はドワーフほど豪華でも精緻でもないが、素朴な繊細さがある。俺が加護を与えるなら、そのくらいの方がいい。なにより、聖竜領に暮らす彼らの力を借りるというのが良い気がした。


「よし。今度、ルゼに相談してみよう。釣果はいまいちだが、考えはまとまったな……」

「それだけれど、当たりが来ている」


 トゥルーズが無表情に自分の竿を持ち上げながら言った。たしかに、先端が見たことのない動きをしている。


「おお、これは大きいですよ! 多分!」

「慎重に! 慎重にだぞ!」

「二人とも、応援じゃなくて手を貸して欲しい。ずっと竿を持っていて、手の感覚が……」


 この後三人で大慌てで釣り上げたのは、そこそこの大きさの魚だった。

 その後、しっかり調理器具を持ち込んでいたトゥルーズによって、美味しく調理されたのは言うまでも無い。

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