第291話「本当に、どうしたものだろうか。困ったな。」

 領主の屋敷の夜は基本的に静かだ。少し前は魔法薬の実験をするロイ先生の雄叫びが聞こえたりしたが、最近はあまりない。

 そんな夜の時間を、俺は食堂でゆっくり過ごしていた。夕食後は何人かがここに残り、雑談をするのがここの日常である。


「様子を見るに、シュルビアのことは知っていたんだな」

「結構頻繁に会いに行くから自然とね。スルホ兄様からも聞かされていたわ」


 今、俺の前にいるのはサンドラだった。当然のように、後ろにはリーラが控えている。領内視察のあと、慌ててクロード夫妻と面会。その後夕食を終えての時間である。

 ちなみにクロード夫妻は用意された部屋でゆっくり過ごしている。向こうも結構慌ただしくやってきたので、疲れていたようだ。


「めでたいことだと思うが、しばらく向こうは大変だな」

「他人事じゃないのよアルマス。無事に子供が産まれたら、わたし達だって式典に参加したり色々とあるのよ」

「嫌なのか?」

「まさか。祝福されるべきことだと理解しているわ。お祝いの品とか、どうするべきか悩むのは事実だけれど」

「お嬢様は赤ん坊と接したことがないから、戸惑っているのです」


 横からリーラがいうと、サンドラが頭をがくりと落とした。


「……意思疎通ができない生き物って苦手なのよ」

「そうか? 鶏とか仲良くしてると思うんだが」


 こう見えて、サンドラは屋敷近くの鶏小屋に通って餌をあげたりしている。小動物相手には意外と年相応の笑顔を浮かべて接したりしているのだ。


「動物と人間は違うでしょう。しかもシュルビア姉様の子供だし。余計なことをしないか心配なのよ」


 特別仲の良い相手だから神経質になっているな。


「そういうアルマスはどうなの。なんだか余裕そうだけれど」

「俺はアイノが赤ん坊の頃、世話をしたこともある」


 両親がアレだったおかげで、幼い俺も結構子守をしていた。年月が経っているから自信こそないが、心構えはあるつもりだ。


「くっ、意外と色々できるのよね……」

「アルマス様は手先の問題以外は意外に真っ当な方ですから」


 リーラのあまりにも率直な評価が正直気になったが、とりあえず頷いておいた。


「問題は贈り物だ。一体何を用意すればいいのか、見当もつかん」


 俺に用意できるものといえば、薬草くらいだ。ダン商会経由で高級品を取り寄せる手もあるが、相手は領主夫妻。そういうのは見慣れているだろう。


「そんなの、アルマス自作の護符にすればいいんじゃない? 家宝として大切にしてくれると思うけれど」

「それはそれで問題なんだ……」


 俺の作る護符というのは、その、なんというか、手作りの品なので見た目は良くない。効果はそれなりにあると思う。だが、それが家宝として代々受け継がれるのはちょっと恥ずかしい気がする。


「そうだ。エルミアにそれっぽいものを作ってもらって、そこに魔法でも込めるか」

「悪くないと思うけれど。アルマス手作りの方がシュルビア姉様達は喜ぶと思うわよ」

「むぅ……」


 悩ましい。軽く唸ったところで、食堂に新たな来客があった。


「アイノも来たのか、ゆっくり休んでいれば良いのに」

「移動は馬車だからほとんど疲れていないのよ。三人とも、何を話していたの?」


 そう話しながら俺の隣に座る。収穫祭もあったし、アイノも一時帰宅だ。少ししたら、雪が降る頃まで工事の手伝いのため、また出張になる。


「シュルビアの子供のことだ。お祝いをどうすればいいか悩んでいてな」

「兄さん、そういうの苦手そうだものね。ロイ先生とアリアさんの結婚といい、難題が続くわね」


 そう、そちらもある。祝いの品問題、思ったよりも厄介だぞ。祝福の気持ちはあるから、それなりのものを用意したい。


「アイノさんも相談に乗ってあげて。どうも納得するものが出てこないみたいなの」

「もちろん。それにしても素敵なことが続きますね。将来、サンドラさんが結婚する時はどうなるのかなぁ」


 アイノの何気ない一言で、空気が凍った。


「サンドラが……結婚? いや、その可能性も一応あるのか」


 今、全力でそれを回避しているこの子が? ちょっと想像できないな。主に相手が。


「……面倒な話になってきたわね。一応、お父様が不味い縁談は止めてくれているのだけれど。なんか恋愛しろとかも言ってくるのよね」

「あの男の脳内にそんな単語があるとは」


 驚きの情報だった。合理の化身のようなあの男がそんなことを考えられるとは。


「旦那様は元々、恋愛結婚でしたから。一般的な貴族の方と違った感覚を持っているのかと」


 遠慮がちに言ったリーラの言葉に、一同驚愕した。そうか、サンドラの母とはそういう関係だったか。


「サンドラさんのお父様、素敵な考え方をするんですね」

「ええ、見かけによらずにね」


 一応、面識はあるはずのアイノだけが、呑気な口調でそんなことを言っていた。対するサンドラは苦虫を噛み潰したような顔をしているが。

 ふと、俺は気になることがあった。


「なあ、リーラ。仮にサンドラが結婚するとして……耐えられるのか?」


 相手が気に入らなかったら暗殺でもしそうな戦闘メイドは、珍しく表情を歪めた後、絞り出すような声で答えを口にする。


「なんとか……耐えて見せます……相手次第で」


 大分不安の残る回答だった。


 この後、しばらく雑談したが、シュルビアの出産祝いも、ロイ先生の結婚祝いについても、良い案は出てこなかった。

 本当に、どうしたものだろうか。困ったな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る