第288話「美味しいものが好きだが、詳しく伝えるのが下手な聖竜様が喜びを伝えてきた。」

 各地で工事をしている関係で、俺は聖竜領内での移動が多い。ハリアに加えてフリーバという水竜の眷属、そしてレール馬車が整備されたおかげでその辺りは大分楽をさせて貰えるようになった。

 その日、俺がいたのは領内の広場だった。いつものことながら、資材置き場と化しており、今は集会所用の材木や石材が積まれている。恐らく、今年はこの状況で収穫祭になるだろう。ここは物置としての使い勝手が良すぎるからな。

 時刻は昼前。食事の前に時間が出来たので、様子見に訪れたところだ。


「おや、ヘリナじゃないか。聖竜様にお供えをしてくれているのか?」

「あ、アルマス様。こんにちは。はい、トゥルーズさんにお菓子を作って貰ったので、お裾分けです」


 広場の奥に設けられた祠。この周辺だけはさすがに資材が置かれていない。奥にある聖竜様の像の前にはマフィンと思われる菓子が供えられていた。


「聖竜様。御賞味ください」


 ヘリナのその一言に応えるように、聖竜像が輝くと、マフィンが消えた。


『うむ。今日もお菓子は美味いのう。このマフィン、中にいつもと違うクリームが入っとるぞい。なんとういうか……こう、とにかく美味い!』

『無理して俺に解説しないでいいですから』


 美味しいものが好きだが、詳しく伝えるのが下手な聖竜様が喜びを伝えてきた。


「聖竜様も喜んでいるよ。少しみないうちに……元気になったようだな」

「素直に太ったといってくださって結構ですよ。ルゼさんとトゥルーズさんが色々と面倒をみてくれまして……」


 顔を合わせなかったのは五日程度だが、ヘリナは少しばかり丸くなっていた。顔色もいいし、表情も明るい。良い傾向だろう。


「森の中を歩いたり、のんびり過ごすうちに、ご飯を美味しく感じられるようになりましてね、それで……止まらなくなりまして」

「体重を落とすなら、サンドラに聞くといいぞ。きっと、親身になって教えてくれる」


 ストレスで食事量が増える若き領主もまた、体重で苦労している。そのうち、リーラの指導で運動するはめになるかもしれないな。体を動かすのもまた気晴らしになるから、それはそれで良しだ。


「聖竜様へのお供えは頻繁にしているのか?」

「はい。お願いがあるわけじゃないのですが、この光を見ると優しくて落ち着くので」


 なるほど。聖竜様は癒やしの力が強いからな。心を病んでいるヘリナは光を浴びるだけで良い効果があってもおかしくない。


『良かったのじゃ。なにかしらお願いをされても叶えられないから、困っておったところじゃ』


 世界を創造した六大竜のひとつが、なんか情けないことを言っていた。まあ、実際、個人的な願いをされても困るのは確かだ。

 ふと、ヘリナの荷物が目に入った。絵描き用の道具だが、取り出しやすくするために鞄から出ている紙に何か描かれている。


「少し、描けるようになったのか?」

「えっと、ちょっとだけですけど。ゆっくり過ごしてるうちに気ままに描いていた昔のことを思い出しまして。せっかくですから、風景を」


 紙を鞄から取り出して、何枚か俺に見せてくれた。

 鉛筆で描かれたそれは、聖竜領の風景で、精密だったり、ざっくりしたスケッチだったり様々だ。とても上手なのは間違いない。彼女が年月を積み重ねて、技術を習得してきたのが俺にすら伝わってくる。


「俺は絵の善し悪しはわからないが、上手いと思う。この、森の風景なんか好きだな」

「エルフの森ですね。皆さんが歓迎で歌を披露してくれまして、気がついたら描いていました」


 そのうち一枚描いてくれたら、森のエルフ達は喜ぶだろうな。そう思ったけれど、口にはしなかった。今の彼女には仕事で絵を描くことが心の負担になってしまう。


「おや、お二人とも。こんにちは」


 ふと、後ろから声をかけられた。見ればそこにいたのはダニー・ダンだ。この時間は店にいるだろうに、珍しい。


「こんにちは。珍しい場所で会うな」

「現場の皆さん用の食事を持ってきまして。聖竜様にもお供えをしているのですよ」


 広場の方を見れば、食事を満載した荷馬車が止まっているのが見えた。現場向けの食事は領内交代で準備する。今日はそれがダニー・ダンの番だった、というわけか。


「こうして外に出るのは良い気晴らしになりますしね。おや、そちらはヘリナさんの絵ですか? 見せていただいても?」

「あ、はい。どうぞ」


 スケッチの紙束を貰ったダニーは真剣な顔で見ていく。横のヘリナはちょっと表情が硬い。いきなり品定めされてるみたいになったからか。


「ダニー、ヘリナは今は仕事で絵を描くのが……」

「承知しています。失礼しました。評判の画家さんの絵というの見てみたくて、興味が出まして。やはり上手ですね。それと、聖竜領の風景というのがとても好みです」


 頭を下げながら、ダニーが絵を返却した。


「あ、ありがとうございます」

「いつか、お仕事で絵を描けるようになったら、小さな風景画を何枚かお願いできますか? 店に飾って残したいのです、ここの風景を」


 あくまで優しい口調で、ダニー・ダンが語る。一瞬、ヘリナは表情を硬くしたが、すぐに明るい顔になって頷いた。


「勿論です。私が画家らしいものを描けたと思ったら、すぐにお知らせしますね。まだ、もうちょっとかかりそうですけれど」


 どうやら、ヘリナは俺が思っていたよりも回復しているようだ。未来の仕事を受けるくらいには、自分の仕事と向き合って前向きになりつつあるらしい。


「急ぎませんので、今はゆっくりしてください。お二人とも、食事も一緒にいかがですか?」

「いただくとしよう。ダン商会の料理はトゥルーズの指導が入っていて美味いからな」

「はい。私も喜んで」


 せっかくだから、このまま工事の人員に混ざって昼食になった。途中、聖竜様から『ワシの分、忘れてないかのう』と寂しそうに言われて、慌ててお供えしたりしたが、悪くない時間を過ごせたと思う。

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