第289話「ともあれ、懸念の一つは前進したわけだ、そこは喜ぼう。」

 今年も無事に収穫祭の日になった。

 なんだか領地をあげて土木工事をずっとやっていた気がするが、これは仕方ない。開拓地の領地経営はそんな風になりがちなものだ。

 収穫祭にあたって、資材だらけだったら広場は少しだけ片付けられた。とはいえ、祠までの道筋の確保と広場中央が空いた程度。あとはクアリア側から広場までの道沿いに露店を出す形でどうにか祭りの準備を整えた。尚、聖竜領の面々にはこの方が祭りらしいと好評だった。


 今年の収穫祭の特徴としては、外部からの客が多いことだろう。ダン商会の店を始めとした各商店は賑わい、道沿いに設置した露店にもそこそこ人が並んでいる。聖竜領が有名になるにつれて、収穫祭に合わせた観光客も増えるというのがサンドラの見立てだ。


「アイノ、元気そうで何よりだ」

「兄さんこそお疲れ様。準備だって手伝ったんでしょう?」


 俺は祭りの会場で妹と久しぶりの会話を楽しんでいた。前に会ってから地味に十日以上経過している。


「たしか、フォルといったな。ありがとう。アイノの面倒をみてくれて」

「いえ、アイノ様は私がなにかするまでもないくらいの方でしたので」


 隣に控えたメイドに礼を言うのも忘れない。外の世界に慣れていないアイノが、工事の仕事を何とかやっていけたのは、彼女の力が大きい。


「フォルには本当にお世話になったのよ。私、仕事の書類とかそういうのをちゃんとやるの初めてだったし。生活だって、聖竜領とは違うし」

「そうか。リーラによく言っておくとしよう」

「きょ、恐縮です」


 恐縮されてしまった。メイド達は俺に対して畏怖のようなものを持っている節がある。褒め方一つとっても難しいな。


「あ……」

 

 しばらく話していたら、アイノの目線が他へ逸れた。そちらを見ると、村の顔見知りが何人かこちらを見ていた。


「せっかく帰ってきたんだ。思う存分話すといい。俺のことは気にせず過ごせ」

「うん、ありがとう、兄さん」

 

 そう言うと、フォルを伴ってアイノは友人達の輪に加わった。

 ……妹が、俺との関わりの無い場所で人間関係を構築していく。寂しいようで、嬉しいものだ。


「なんて顔してるの、アルマス」

「サンドラか。今、妹の成長を実感していたところだ」

「それは良いことです。アイノ様の存在は、メイド達にも良い影響を与えておりますので」


 佇んでいる俺に話しかけてきたのは聖竜領の領主主従だった。いつものちょっとキツい目つきと癖毛の金髪のサンドラはあきれ顔をしつつも上機嫌に見えた。今日は収穫祭用のマントを身につけていて、それもよく似合っている。


「賑やかなだな。本当に、立派なものだ」

「皆のおかげよ。アルマスも本当にお疲れ様。冬も少し忙しそうだけれどね」

「……なにかあったのか?」


 いきなり仕事の話をされた。めでたい日だというのに。


「隣で作ってる集会所の見学の他に、別荘地に滞在したがっているのよ、皇帝陛下が」

「? まだ、建物が出来上がっていないが?」


 南部行きのレール馬車は整っているが、建物はまだまだだ。皇帝用の豪華な屋敷など、土台くらいしか作られていない。


「元々野外活動をしていた方だから、住居へのこだわりが薄いのよ。むしろ、ちょっと不便な方が新鮮な気持ちになるみたいなの」

「……それは、わからんでもないが厄介だな」


 俺も普段は便利になった聖竜領内で生活しているが、たまに野営をすると楽しく感じることはある。しかし、まさか皇帝がそれとは。いや、前にもストレス解消に魔物退治とかしてたな。


「魔物退治で氷結山脈に行くよりはマシだと考えよう。普通に滞在してもらうくらいなら大丈夫だ……と思う」

「わたしもそう願うわ。それと、今後の工事だけれど……」


 話の流れで仕方ないとはいえ、それからしばらく仕事の話になってしまった。領主は多忙だ、サンドラの性格的にも時間を効率的に使いたいと言うことだろう。


○○○


「今年もこのように、聖竜様の恵みで無事に過ごすことができました。これらは我ら領民の心ばかりのお礼です」


 聖竜像前で、サンドラがリーラと共に運んできた野菜や料理類をお供えする。簡単だが、聖竜領にとって大切な儀式だ。

 石像の前に供えられた大漁の収穫物と加工物。それを確認して、俺は言葉を発する。


「受け取ろう。大地の恵みを、聖竜様へ」


 直後、聖竜像から優しい光が溢れた。いつもよりも強く広く、広場全体を覆う白銀の輝き。初めて見た者のみならず、当初からいる領民からも声が上がる。


『うむうむ。豊作なのは良いことじゃ。ところでアルマス、宴の料理のお供えも頼むのじゃ』

『わかっております』


 上機嫌な聖竜様の声を聞き、俺は厳かに頷く。


「聖竜様は今年も喜んでおられる。変わらずこの地に加護をもたらしてくれるだろう」


 俺のその一言こそ、儀式の終わりにして、祭りの始まりの合図だ。


「ありがとうござます。聖竜様に変わらぬ感謝を」


 サンドラの言葉の後、思い思いの場所で祭りが本格的に始まった。


 ○○○


 祭りとといっても、やるのは基本飲み食いだ。人口と来客が増えた影響で、そこかしこで歌や踊りが披露されているなど、賑やかさはこれまでで一番ではある。


 そんな収穫祭の本番ともいえる光景の中を、俺はのんびりと歩いていた。アイノは友人達と過ごすとのことで、一人だ。周囲を観察すると、ロイ先生とアリアが仲睦まじく過ごしていたり、スティーナが心配になるほど飲んでいたりと、心穏やかになる景色をそこかしこで目にすることができる。

 そんな中、異彩を放つ者がいた。


「どうしたんだ、ヘリナ。なにがあった」


 俺が目にしたのは、設置されたテーブル上に紙を広げて一心不乱に絵を描くヘリナだった。隣ではルゼが見守っている。


「先程の聖竜様の光を見た後、急に描き出しまして……」


 にこやかにしつつも、困り顔でルゼが応えた。


「あの光……あれを見て、何とかして絵に残さなきゃって思ったんです。せめて、忘れないうちに、できるだけ早く……。ああああ、なんでこれしか画材を持っていなかったんでしょうか! 私のバカ!」


 手持ちの絵の具を駆使して、聖竜像から白銀の光が満ちた瞬間を描き出そうとしているようだ。スケッチがいくつもあって、人がいたり像だけだったり、構図は様々。今は、あの光だけを描写しようと色を塗っているようだった。


「恐らく、神秘的な経験をして創作意欲を刺激されたのではないかと」


 なるほど。収穫祭の聖竜様の光は特別だからな。


「ルゼ達のおかげで、心が回復していたのも良かったのかもしれないな。しかし、これはこれで心配だ」

「はい。こういう方だとは、リリアさんから聞いてはいたのですが」


 俺達の会話など聞こえていない様子で、ヘリナは目の前の紙に夢中だ。ブツブツと漏れる独り言がちょっと怖い。


「元々、仕事となると無理をするタイプみたいだからな。上手い具合に止めてくれ。無理そうだったら、手伝う」

「わかりました。とりあえずは、良かったと喜ぶべきでしょうか?」

「多分な」


 芸術家というのがどんな状態にあればいいのかわからないので、俺は曖昧な返答をした。

 ともあれ、懸念の一つは前進したわけだ、そこは喜ぼう。


 俺は聖竜像のある祠の方を眺めた。もうすぐ夕暮れだが、今日は明かりが用意されていて明るい。後で料理をいくつかもっていかねばならない。


 恵みの秋が終わり、今年も冬が来る。

 何事もなく、穏やかに過ごしたいものだ。

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