第287話「完全に現実から逃避している者の目だった。」

 さて、南部の工事だが、こちらは大分良い感じに進んだ。ゴーレムの力を駆使して、道を作る。それをひたすら繰り返しただけだが、もう山の方まで立派な街道が出来上がりつつある。


「ロイ先生、色々と忙しいだろうに。わざわざ来てくれてありがとう」

「いえ、予定よりも早くて助かるくらいです。見事なものですね。しかし、これほどの力技で岩を用意するとは思いませんでしたが」


 今回作られた作業用の集落。将来村になる予定であり、現在作業小屋が立ち並ぶこの地には今、大量のゴーレムと巨岩が並んでいた。


「もののついでというやつだな。ちょうど材料が調達できたし良かったよ。肝心の釣りは今ひとつだったがな」

「話は聞きましたよ。トゥルーズさんが珍しく、本気で落ち込んでいました」


 気の毒そうにロイ先生が言った。

 これらの岩は、海岸を掘り下げる際にでたものだ。せっかくなので、原材料不足の南部で利用させてもらうことにした。おかげで工事が進んだし、資材的にもかなり助かった。


「ところで、式の準備の方は順調か? 困ったことがあれば力を貸したいんだが」

「ありがとうございます。今の所心配なのは、冬までに式場が完成するかですねぇ」


 領内で作っている、結婚式を行う予定の新しい集会所。ロイ先生も手伝って頑張って進めているが、大掛かりな建物というのは時間がかかるものだ。雪が降る前に形になればいいんだが。内装が間に合うか怪しいらしい。

 これはサンドラに何かしら方法がないか相談した方がいいだろうか。


「俺もこちらの作業を早く終えて手伝えるようにしよう。後はあっちの方をどうにかするだけだしな」


 そう言いながら俺が指さすのは、南部の低い山々だ。あの向こうまで道を作ることができれば、とりあえずは準備完了となる。昨年からの行き来である程度はできているので、仕上げみたいなものだが。


「あちらの道も驚くほど整っていると聞きますが?」

「ああ、今それを確認して貰っているところだ。ちょっと行ってくる」

「はい、こちらはお任せください」


 俺はゴーレムを操るロイ先生達に現場を任せて、山のほうに向かった。


 最初は歩くのにも苦労した南部の山々だが、俺がこまめに地形を操作したり、ゴーレムで整地したりを繰り返したおかげで、今ではそれなりの道ができている。

 とりあえず山向こうまでは比較的なだらかな経路で行けるようにはなった。

 ただ、これは俺から見ての話なので、人間が歩いて問題ないか確認して貰っているところだ。

 軽く走り山道の途中まで行くと、調査を頼んだ人間の姿が見えた。


「随分と元気そうだな、マイア」

「いやぁ、こうして山の中を走り回るのは気分が良いですね!」


 帝国五剣家系とはいえ、一応貴族なのにあまりにも野生的なことを爽やかに言われた。実際、とても気楽そうに見える。聖竜領に来てからは、ルゼと組むことも多く、こういった自然の探索はとてもマイアの特技だ。

 サンドラに頼んだ上で、数日前から彼女に街道の安全性などをチェックして貰っている。


「それで、道の方はどんな感じだ?」

「走りやすく、安全です。もう少し広ければ馬車もすれ違いできそうですね」

「広さを確保できていない場所があるからな。そこをなんとかしたいんだが」

「迂回できそうなところに紐を結んでおきました。ご検討ください」


 ルゼと一緒にいたおかげか、こうした道ができそうな地形を見つけるのも目敏い。こういった意見は参考にすべきだろう。


 見れば大分汗をかいているようなので、俺は水袋を取り出した。


「少し休め。働きすぎは良くないぞ」

「はっ。ありがとうございます。護衛と違って体を動かせる仕事はつい嬉しくなって頑張ってしまいますね」


 水袋を受け取ったマイアは中身をごくごく飲む。普段は護衛なので気は張ってるのだろう。今はルゼも診療所が忙しくて二人で気晴らしにも出かけられないしな。


「調子が戻ったようで何よりだ。今年は帝都で大変な目にあったようだしな」


 その話をすると、マイアが途端に暗い顔になった。


「どうした?」

「それが、例の求婚してきた帝国五剣ですが、冬ごろの来るかもしれないそうです。お爺様から連絡がありました」

「なんだと……いや、予想はしていたが」


 これは領地をあげて対処しなくては。マイアにその意思はないわけだし。


「……山の向こうには温泉地があるんですよね。一冬、そこで過ごすのも良いでしょうか」


 一息ついて、遠い目をして山の中の道を眺めるマイア。

 完全に現実から逃避している者の目だった。


「落ち着け。みんなでなんとかしよう」

「本当に……お願いします。面倒をおかけしますが、いまだに断り方がわからないのです……」


 心底思い悩んでる様子で言われた。意外な悩みを抱えているな。人生というのはわからないものだ。


「いっそ、闇討ちかで斬ってしまえればどれだけ楽か」

「それはやめた方がいいと思うぞ」


 できるだけ早い段階でこの話題も終わらせて、穏やかな気持ちでロイ先生とアリアの結婚式を迎えたいものだ。 

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