第280話「この秋は大変忙しくなりそうだ」

 南部に向かう前に、集会所の工事を確認することにした。

 既に現場は俺の手を離れ、ロイ先生が手伝いつつ職人達と建築作業に入っている。空き地だった場所に土台が出来て、今は木の骨組みが作られようとしつつある。ここまで来るとゴーレムの出番はそれほどない。

 とはいえ、魔法士がいれば便利なのは間違いない。俺が到着した時も、ロイ先生が現場で動くゴーレム達を入念に観察していた。


「おはよう。ロイ先生、順調みたいだな」

「おはようございます。はい。さすがに慣れてますからね。後はスティーナさん達の仕事です」


 目の前では建材が続々とゴーレムによって運び込まれている。集会所の広場は一時利用停止され、本格的な建築現場になっている。これらは全て収穫祭までには一段落する予定だ。


「この分なら、冬が来る前にある程度の形にはなるかな」

「おそらくは。内装にまで手が回せるのは秋が終わってでしょうねぇ」

「なら、冬のうちに式をあげられる可能性があるな。アイノも帰ってきているだろうし、有り難い」


 雪が降ればアイノも帰ってきているはずだ。その時にロイ先生とアリアの結婚式があるなら、時期的には大変ありがたい。それに、冬はどうしても籠もりがちだし気分が滅入る人が多い、めでたいことがあるのは良いことだ。


「そ、そうですね。冬に式ですか……思ったより早いですね」

「今更なにを言っているんだ。もう婚約してるんだし、一緒の家に住んでるようなものだろう」


 ふと、ロイ先生の近くに置かれた膨らんだ荷物が目に入る。その中にはアリアの手作りの弁当が入っているはずだ。トゥルーズに教わって、たまにこうして用意しているのは屋敷に住むものなら全員知っている。

 結婚が決まって以来、二人は仲睦まじい様子を隠さなくなった。目に余るようなことはしていないし、良いことだ。


「た、たしかにそうですね。正直、まだ現実感がちょっとない時がありまして」

「なかなか難しいものだな……」


 結婚する予定もその気もない俺には難しい話題だ。

 ロイ先生達は結婚した後、数年後には屋敷から出る予定らしい。その新居だって用意しなければならない。これから色々と大変だろう。案外、アリアと二人なら結構楽しく人生のあれこれを乗り越えてしまいそうだが。

 しかし、出会った当初は魔力不足で悩んでいたロイ先生が結婚とは。たった数年で色々と変わるものだ。何百年も森の中で変わらない生活をしていた頃と比べて、周りに人のいる生活のなんと賑やかなことだろうか……。


「どうかしたのですか? アルマス様」

「いや、ロイ先生も立派な魔法士だなと思ってな。出会った時が嘘のようだ」

「今も魔力が少ないのは変わりませんよ。でも、色々とできる事は増えましたから」


 今のロイ先生なら自作の魔力増強薬などを駆使すれば、常人の八割くらいの魔力にまで迫ることができる。魔力量ではなく、そうした薬品の開発やゴーレムを使った魔法に対しての実績が、彼に自信を付けたといえるだろう。


「よいことだ。俺は今日から南部だ。悪いが色々とお願いするよ」

「お任せください。僕はアイノさんに会うこともあるでしょうから、必要があれば言伝致しますよ」


 ロイ先生は聖竜領を中心に活動する。クアリアの職人達との打ち合わせも多い。必然的にアイノと会う可能性は俺よりも高くなる。ちょっとうらやましいが、こればかりは適材適所なので仕方ない。


「秋は収穫でアリアも忙しい。二人とも、無理をしないようにな。なにかあったらすぐ連絡してくれ」

「はい。ありがとうございます。僕が言うことではありませんが、アルマス様もお気を付けて」


 その後、少し仕事の打ち合わせをした後、俺は広場を後にした。そのまま南部行きのレール馬車に乗って、そのまま今日からの現場へ直行だ。

 南部の入り口、湖から北にあるちょっとした小屋が建ち並ぶ資材置き場。魔力供給用の魔法陣が設置された場所に到着すると、職人達に混じって現場責任者がいた。


「ようこそ、アルマス様。お仕事、いっぱい待ってますよ」


 建築家のリリアが、大量の書類と手に俺を待っていた。

 見るまでもなくわかった。あれは全部今後の大雑把な工事の計画書だ。あれの数倍の詳しい書類が他の場所に保管されているに違いない。


「わかっている。できる限り頑張ろう」


 この秋は大変忙しくなりそうだ。

 こっそり魚穫りができる場所を作る時間、あるだろうか?

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