第281話「芸術家相手とか、不安しかないんだが。」

 南部の開拓作業に入って最初の仕事は、南方への道の拡充になった。あの低い山々へ道を通さねばならない。

 元々、南とのやり取りを想定してちょっとずつ行っている作業だったが、ここに来て状況が大きく変わっていた。


「水竜の眷属が二人いればこうもできるか。すごいものだ」


 リリアとの打ち合わせ後、一人で南部の平野を駆け抜けて山地に到着した俺は、その光景に感心していた。

 目の前に小さな湖がある。南部でハリアが居住していた湖から流れ出て来た水が溜まったものだ。今年の春までは存在しなかった川が湖から流れ出て、産地近くの最も標高の低い場所にで溜まったのだ。

 これは水竜二人が聖竜様と相談した上で行った地形操作だ。南への水運と水源の確保のために、二人がかりで行った。水竜が二人に増えたので、休憩できる水場がもっと欲しいという事情もあったらしい。もともと湖があり、地下に流れがあった地域なので、竜脈への影響も少なく、作業も早かった。さすがは水竜の眷属達だ、水に関わる仕事は俺よりも確実だ。


「アルマス様、宿泊所の準備できました。あとは資材のある分から作業を始めます」

「わかった。俺は魔法陣を設置する。必要なものがあったら教えてくれ」


 俺が話しているのは一緒に来たクアリアの職人達だ。もはやゴーレム使いとも言えるくらいの熟練になった職人達は、しばらくこの場に野営する。水場ができたからこそできる仕事だ。


「ゴーレムの確保については、少し手間がかかってしまうのが残念だな」


 遠隔地の魔力供給用の魔法陣を設置しつつ、今後の作業を思ってそんな言葉が漏れる。

 岩場が多かった聖竜領の北部や氷結山脈付近と違い、この辺りにはゴーレムの素材になりそうな岩が少ない。

 仕方ないので地面を固める作業を兼ねて、北から職人達がゴーレムを運んできてくれているが、効率を考えれば岩場を見つけて現地調達したい。


 ハリアに空から見て貰って俺が調べたところ、南の山地にいくらか岩場があったんだが、別領地に接している関係でまだ利用できない。サンドラがしっかり交渉しているから、近い内に使えるはずだ。

 それまで、この辺りでは北部から供給されるゴーレムを使って、建築作業を行うことになる。


 まずは川経由で流れてきた資材を使って小屋や倉庫の建築だ。これは俺達の作業場になるだけでなく、将来南から移住してくる人々のためにも使われる。たしか、牛を飼っているそうだから、ここを拠点に牧畜を営むことになるだろう。


「すいません、アルマス様。保存容器を作りたいので魔法をお願いしたいのですが」

「わかった。冷蔵か冷凍か、いっそ両方作ってしまうか。長い仕事になるわけだしな」


 保存箱は非常に優秀だ。これだけで滞在が楽になるし、輸送の頻度も減らすことができる。せっかく川ができたんだから、大きめの箱でも送ってもらおうか。


 そんなことを考えつつ、川の方を眺めていたら、資材輸送のイカダが流れてくるのが見えた。


「川から資材が届いたな。いっそあれで大きめの箱を作って貰って魔法をかけるのはどうだろう?」

「あ、いいですね。じゃあ、さっそく回収に……あれ、リリアさん?」

「いるな……」


 イカダを眺めていたら、何故かそこにリリアが居るのが見えた。なんか嬉しそうにこちらに手を振っている。


「俺に用があるのかもしれない。荷物の引き上げは頼む」

「わかりました。お任せを!」


 職人達に断ってから、俺はリリアのイカダの方に向かった。

 川幅はそれほど広くないし、流れも緩やかなのですぐに接岸できる。

 陸にあがったリリアは俺の方を見るなり、笑顔で挨拶してきた。


「こんにちは、アルマス様。実は、私宛に手紙が来て、急いで川下りに同行したというところです」

「手紙? それで何で俺の所に来るんだ?」


 リリア宛の手紙が俺への急用になる理由があるんだろうか。よっぽど急ぎで手伝うような変更でもできたのか?


「実は、私の友人がこちらに向かって来るようで。ちょっと協力して欲しいのです」

「友人が? 俺が力になれるようなことがあるのか?」


 正直、人間関係は苦手だ。その手のことを頼むなら、聖竜領内の別の面々に頼んで欲しいのだが。


「実はその友人というのは画家でして。ちょっとスランプ気味で困っているそうなんです。そこで、珍しいものしかないこの聖竜領に向かっているとのことで」

「画家か……。俺は何をすればいいんだ?」


 芸術家相手とか、不安しかないんだが。


「アルマス様の仕事を見せてあげてください。ちょっと面倒なところはあるけれど、見たこともない事象に接すれば、きっとスランプも吹き飛びます。根拠ありませんけど!」

「ないのか……」


 微妙に不安を誘う頼みだった。断る理由も無いので、できる限りという条件をつけた上で、俺はこの件を了承した。

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