第273話「あくまで自分の趣味は捨てない。逞しいエルフだった。」
急に集会所建設の仕事が入ってきたわけだが、内容は喜ばしいのでやる気が出た。
それに、準備が事前に整えられていたこともあり、サンドラから話を受けた三日後には集会所の建築作業を開始していた。
とはいえ、最初にやるのはゴーレムを使った整地などの土木作業だ。ロイ先生やクアリアの職員と共に広場横にある、聖竜様像近くの草原を物凄い勢いで工事現場へと作り変えていく。
冬の間にしっかり計画していたこと、それと領内での工事という、最近ではちょっと珍しい地理的な好条件もあり、作業は思った以上に早く進んでいた。
そういえば、昔、聖竜領は工事が早いと褒められたことがあったな。南部とか森の中とか、遠い場所じゃなければ建築工事の効率はかなり良いんだった。出張が多いからか、関係者なのに、すっかり忘れていた。
この分だと建物の基礎部分は出来上がり、すぐに建築作業に入れるだろう。工事している様々なゴーレムを眺めながら、俺は工事の進捗に満足していた。
領内の工事で仕事が順調なので、ちょっと時間に余裕がある。そんな風なので、俺は自分のいつもの仕事を欠かさずにいた。
「こんにちは。よし、ちゃんといるな」
「酷いですよ、アルマス様。私はこう見えて、基本的に仕事をしています」
「たまに飛び出してしまうのも事実だろう」
今日訪れたのは領内の診療所だ。貴重な医者であり、エルフの族長であるルゼはしっかり仕事をしていた。
春以降、忙しくなる聖竜領は怪我人や病人が増える。それもあって、このエルフは印象よりもしっかりと職場に出勤して、仕事をしている。
「いつもの薬草だ。役立ててくれ」
「ありがとうございます。ほんと、アルマス様がいてくれて、助かります」
眷属印の薬草をいくつか渡すと、嬉しそうに受け取って、慎重に鍵付きの箱にしまわれた。高価で希少な眷属印は、彼女にとっては切り札のような存在らしい。
「ここ最近は人口も増えて忙しくなっているかと思ったが、ここは相変わらずだな」
「お薬が良いですし、いざとなったら頼れるアルマス様がいるからですよ」
「ありがたいことに、滅多に出番はないけどな」
ルゼの手に負えないような重傷を負った者が出た場合は、可能な限り俺が癒す。それが、聖竜領の決まりだ。今の所、工事中に怪我をした数名くらいでしか適用したことはないが、これは喜ばしいことだろう。
エルフの直売所も併設された診療所。ここは作られた当時と雰囲気が変わらない。今や聖竜領はちょっとした村となり、複数の商会まで出来ているが、この建物内だけは、ほとんど店もなかった数年前の気配がある。
患者がいなければ静かな診療所、手作りの携行食や工芸品が並ぶエルフ風の素朴な直売所。
こういう都会的でない場所は、性に合っている。エルフの作った建物だからか、森の気配でもあるんだろうか。
「メイドさん達の手伝いは増えましたけれど、ここはあんまり変わってないですからね。私としては、早く後進を育成しきって任せたいところですけれど」
微妙な顔をしてルゼがいう。彼女はメイドやエルフに医療を教えているが、今のところこの場を捨てて大好きな地図作りに精を出すには至っていない。医者というのは一朝一夕でなれるものではないのだから、仕方ない。
「今更だが、医者がルゼだけというのは問題なんじゃないか? サンドラなら手を打っていそうなものだが」
「一応、クアリアのお医者さんと交代で勤務できる態勢にはしてありますね。ただ、この地に住んで一緒にやろうって方は少し難しいみたいです」
「そうなれば、自分で育てるか、他から何とかして呼ぶことだが」
今のサンドラならコネクションを使ってどうにかできそうだが。
そう考えていると、目の前のルゼがちょっと微笑んでいるのが目に入った。
「実は他から来るあてができつつありまして。帝国内の若いエルフ達に移住希望者が出てきているんです。聖竜領の森は深いですから、エルフはもっといたほうが良いので、こっそり前向きに検討中なのです」
「すごいな。エルフが積極的に移住するなんて。森のことで俺が聞いてないとなると、ごく最近の話か?」
「はい。一昨日くらいです」
本当に物凄く直近の話だった。サンドラ的にも現実的かどうか、検討してから相談するつもりに違いない。
「イグリア帝国内のエルフは百年かけて人口が増えています。それ以上に人間も増えてるんで、手狭になってしまった森があるのですよ。そこで、若いエルフ達の団体をこちらにというわけです」
若いと言っても百歳くらいの子もいますけどね、とルゼが付け足した。エルフにとっては百歳くらい若いの範疇だ。
「なるほど。その中に医者がいれば、ルゼも少し楽になるな」
「はい。医療技術のある者を条件に出すつもりです。そして私は冒険の旅に出るのです」
「それは、ちょっと難しいんじゃないか?」
あくまで自分の趣味は捨てない。逞しいエルフだった。
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