第272話「俺の脳内で、一人盛り上がる聖竜様が一番幸せそうだった」

 聖竜領の領主の執務室は、いつも忙しい。サンドラは確かに優秀だが、人材の不足が続いているため仕事は山積みだ。

 リーラがやらかして、クアリア送りになっている間も、やってくる状況には対処しなくてはいけない。


 俺が自分の仕事を終えた後、情報共有と雑用を手助けするくらいの気持ちで訪れたら、結構な手伝いをすることになった。なんだかんだで、リーラもあれで有能なのだ。


「ロイ先生とアリアの件だが、領主としての方針は決まったのか?」


 一仕事終えた休憩中、直近の話題を振ってみた。

 美味しそうに紅茶を飲んでいたサンドラは、軽く自分の髪に触れながら答える。


「前にちょっと話したと思うのだけど、領主として盛大な祝いの席はしにくいのよね」


 ロイ先生達の宴を主催すれば、今後の領民の結婚でも近いことを求められる。開拓初期のメンバーとはいえ、極端な特別扱いをしにくいくらい、今の聖竜領は大きくなっているというわけだ。


「だから、アルマスにお願いするわ。二人に末永い幸せが訪れるようなお守りの制作を」

「既にロイ先生がアリアに送った指輪がお守りになっているぞ」

「いくつあっても良いでしょう? 聖竜様の眷属が作ったお守りなら申し分ないし、領主の負担も少ない。アルマスには収入ができるし、今後の役に立つわ」

「今後、どういうことだ?」


 お守りくらい、いくらでも作るが、それが領地の今後とどう繋がるというんだろう。


「いい機会だから、大きめの集会所を作ろうと思うの。聖竜様の像がある祠の周りを儀式用の建物に。すぐ隣に多目的に使える広めの建物を建てるわ」

「確かに、この屋敷を手狭に感じることも増えたしな」


 サンドラの言っていることはわかる。収穫祭を行うなど、聖竜領の人々が集まるのは、基本的に屋根のない広場であることが多い。天候を問わず、沢山の人が集まる施設があるのは悪いことではないように感じられる。


「建物の用途は、領地の集まり、外部の人々を招いての発表、冬場の農村の人達への授業、それと、結婚式ね」


 なるほど。そうくるか。領主として盛大に祝うことは難しいが、場所を用意するのはしっかりと理屈をつけられる。


「すると、聖竜様の像の前で式を行うわけだな。きっと喜ばれるだろう」

「良かったわ。上手くすれば、領地の外の人達も結婚式場として選ぶと思うの。六大竜の祝福がもらえるとあれば、宣伝効果も抜群……」

「なるほど。俺はその度にお守りを作るんだな」


 これが今後の話というわけだ。


「面倒なら、無理に作らなくていいのよ?」

「そうだな、できる限りでお願いする。結婚は祝福したいが、いつもいるとは限らないからな」

『ワシは式があるたびに贅を凝らした料理を味わえそうだから大歓迎じゃぞ! 加護の方は正直、期待されても困るけどのう!』


 聖竜様は大変乗り気だが、後半はちょっと申し訳なさそうだった。こればかりは、仕方ない。


「お守りはアルマスがいる時のみ。うん、これで決まりね。近いうちに、具体的な建築計画と仕事の依頼をするわ。細かい内装は無理だろうけど、建物だけでも間に合わせたいから」

「忙しいことだが、これはやる気が出る良い仕事だな」


 ロイ先生とアリアのため、少し頑張るとしよう。


「そういえば、サンドラはどうやって結婚話を断っているんだ?」


 ふと気になったので言葉にしてみた。断っている前提で。


「上手い質問の仕方をするわね……大抵はマノンが断ってくれてるわ」


 一応、サンドラは適齢期の貴族だ。さぞ沢山のその手の話が来ているのだろう。苦々しいその顔から、面倒臭さが伝わってくる。


「でも、最近は断るのに手間がかかる相手も増えてきたのよね。いっそ、お父様に相談して書類上だけの結婚相手でも見繕って貰おうかしら」


 なんだかとんでもないことを言い出した。自分の面倒ごとを徹底して避けるつもりだな。


「サンドラ、もう少しマシな方策を考えた方がいいと思うぞ」

「そういうアルマスだってどうするの。式場ができたら、将来アイノさんがそこで式をあげるかもしれないのよ」

「なんだと……」


 一瞬、恐ろしい想像が脳裏に閃いた。俺の精神が耐えられそうにないので、慌てて思考を止める。戦場で培った心を制御する手法がなければ、危なかった。


「この件について、少し保留にしよう」

「そうね。……このことは内密にお願いね」


 俺達が同じ意見でまとまると、サンドラはずっと大人しくしていたメガネのメイドに釘を刺した。これをしないと、メイド達の作っている新聞に載せられてしまう。


「も、勿論です。ただ、この場にリーラ様がいなくて良かったな、と心の底から思いました」

「…………」


 たしかに、サンドラの結婚話なんてしたら、何を言い出すかわからない。

 俺は窓の外、遠いクアリアで反省の仕事をしているリーラに思いを馳せた。……いなくても騒がしい人物だ。


『しかし、ワシの祠が豪華になるとはのう。正直嬉しいのじゃ。アルマスの家ばかり良くなってたからの!』


 俺の脳内で、一人盛り上がる聖竜様が一番幸せそうだった。別に住めるわけでもないというのに。

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