第274話「なんだか良いことを言い出したかと思ったんだが」
最初はただの草原だったハリアの発着場。
定期便として定着するうちに、少しずつ工事で整えられ、今では着陸箇所は煉瓦を敷き詰められ、荷物を保管するための倉庫、さらには荷造りをするための建物まである。
建物はハリアの住居も兼ねており、中で彼が優雅な生活をしている。正直、立地だけなら俺の家よりも良いくらいだ。
そんな空飛ぶ定期便だが、人が乗れるようになって、輸送量は減ったが頻度は上がった。数日に一回、ドワーフ王国に帰る時に使った人が乗れる航空便が出るようになったのだ。
今日はその日で、聖竜領に来た商人達が嬉しそうに話しつつ、自分の商売のために領内に向かっていった。
昼までもう少し。夏の日差しは弱まりつつあるが十分強い快晴。着陸のため屋根のない発着場は暑い。
そこになぜか、紅いメイド服の女性が佇んでいた。
リーラである。予定では今日、サンドラから言いつけられた反省が終わり、帰ってくるはず。馬車ではなく、空からとは驚きだが、よほど急いできたんだろう。
そう思って挨拶しようとしたんだが、なんか様子がおかしい。
心ここにあらずという様子で、領内の田舎の景色を眺めているのだ。
「こんにちは。リーラ、どうかしたのか?」
「……アルマス様。失礼しました、ご挨拶もせず」
「どうかしたのか? らしくない様子だが。せっかく早く来たんだから、一瞬でも早くサンドラに会いたいものかと思ったんだが」
「その気持ちは勿論ございます。しかし、今回の反省期間で、私も多くのことを学びました。……お嬢様は、もう私がいなくてもしっかりやっていけてるのですね」
「どういうことだ?」
リーラらしくない発言に正直、戸惑った。ここのくる前から、彼女を守っていた戦闘メイドはどこか寂しそうに笑っている。
「今のお嬢様には私以外にも守ってくれる方々がいます。この領地そのものが、お嬢様を守るでしょう。その証拠に、少し私が外したくらいでは揺るぎません。お嬢様ではなく、私の心が」
「サンドラではなく、リーラが安心したということか。良いこと……だと思うんだが?」
「間違いなくそうでしょう。正直、自分でも驚いたのです。聖竜領と名付けられるこの場所に来る前は、片時も離れず、命をかけてお嬢様をお守りする覚悟でした。それが今や、ロイ先生など周りの者の動向を気にして、お嬢様を置いて行動したのです、この私が」
「気づいた原因はそっちの方か………」
なんだか良いことを言い出したかと思ったんだが、どうも原因がなんとも言えないことだった。
ともあれ、これはとても大きな出来事だろう。ある意味、リーラとサンドラのような強い信頼関係が、この地で形作られたということなのだから。
「サンドラは元々非常に優秀だ。こうして立派になって、居場所を得他のは不思議じゃない。寂しいかもしれないが、これも主君の成長だと思うんだな」
「アルマス様、何やら達観したことを仰っていますが、アイノ様が同様の成長を見せたとき、冷静でいられますか?」
「……当然だ。俺もそのくらいの覚悟はできている」
「その時のなんとしても目にしたくなりました」
俺もアイノも長寿だから、そういうのはできるだけ未来になってから起きてほしい。心底思う。
リーラらしからぬ様子の理由に納得していると、発着場への道を見慣れた人物が歩いてくるのが見えた。
小柄な金髪に、夏の景色によく映える白い服を来た少女。サンドラだ。隣には護衛のマイアを連れている。
「やあ、サンドラ、どうかしたのか?」
「リーラが発着場にいるけど、全然動く気配がないって報告があったから、気になって」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。屋敷に戻るお約束は午後からでしたので、時間を潰して下りました」
丁寧な所作で頭を下げるリーラ。先ほどまでの会話はどこへやらといった顔をしている。
「気にしないでいいのに。もう十分反省はしたでしょう。わたしの身の回りのことは、あなたが一番わかってるんだから、いないと困るのよ」
サンドラにとっては何気ない一言だったんだろう。だが、その言葉はあからさまにリーラの表情を変えた。
「承知いたしました。お嬢様」
いつもの薄い笑み。だが、不思議と深い喜びの感情を覗かせながら、リーラが一礼した。
なんだかんだで、この二人は一緒に行動しているのが一番ということだろう。
「そうだ、アルマス。ちょうど良かったわ。南部の工事計画と、ハリアのドワーフ王国への定期便の話があるの。あ、それとクアリア方面からも新しい工事の話が出て来てね」
清々しい気持ちで主従を見ていたら、いきなり凄い勢いで仕事の話を振られた。
「ちょっと待て。集会場の工事だって始めたばかりだぞ? もしかして今から打ち合わせか?」
「リーラと話す時間があるなら、一緒に来てくれると助かるの。ハリアの仕事量が問題なのよね。このままだと、この辺りを飛び回って疲れちゃうわ。他の眷属とか……無理よね?」
「わかった。その辺りも含めて、話をしよう」
いつの間にか、リーラがいつものようにサンドラの隣に立っている。
見慣れた組み合わせに安心するのを感じつつ、仕事の打ち合わせを承諾した。
一度仕事が始まると、忙しくなってしまう。それも、この領地ではよくあることだ。
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