第267話「『良いことしとるんじゃが、なんか褒めにくい感情じゃのう』」

 俺が言うのもなんだが、聖竜領ができてからクアリアの街は賑やかになった。

 スルホの手腕でもともと発展していたところに聖竜領という変わった領地が出現し、この地が資材や人材の通り道になったことが非常に大きい。

 おかげで市場は賑やかになり、市街地は開発されて広がった。城壁を広く拡張する工事をずっと行っているほどだ。

 

 いつもは大きな本屋もある中心街に行くことが多い俺だが、今回は新市街と呼ばれている新しく整備された地区に向かっていた。

 新市街は区画が綺麗に整えられているだけで無く、新しく入ってきた商会の店が数多く並んでいる。値段的にも手頃なものから高級品まで幅広いので、アイノと日用品の買い物をするなら、こちらがいいということになった。


「クアリアは賑やかだが、この辺りは特別だな」


「本当、何度か来ているけれど、いつも驚くわ。兄さんいいの? 村で色んなお店のことを聞いたから、結構長く回るけれど」


「問題ない。俺は竜だからな。一日不休で歩いたくらいじゃ疲れることもない」


 一緒に買い出しをする話になった時、アイノは気になる店も寄りたいと言ったので俺は了承した。そうしたら、「私の買い物、長くなるけど平気?」と心配されたのだ。

 その気になれば、何日もその場で瞑想すら可能な俺にとって、数時間くらい問題ない。そもそも、アイノとの買い物は楽しみでしかない。


 それからしばらく、俺とアイノは通り沿いの店を順番に回ってみた。大きめの家具は聖竜領で発注する予定なので小物や日用品の購入が主になる。


「食器をもう少し買った方がいいと思うのだけれど。うちにあるの、真っ白なのばかりだし」


「俺一人で客も来なかったからな。無地が一番無難だと思ったんだ」


「石鹸も色々あるのよね。色とか香りまでついてて」


「こういう所に種類があると、俺達の時代とは違うなと思うな。好きなのを買うといい」


「お化粧品のお店って、ちょっと入りずらいわね……まだよくわからないし」


「こういう所に行くなら俺以外と行った方がいいかもしれないな」


 平和な時代に暮らして慣れているとはいえ、元は『嵐の時代』を生きていた俺達だ、店に入るごとに時代の違いを感じながら、買い物を楽しんでいた。


 色々と買い込んで、俺が持って来た荷袋にそこそこ成果物が溜まってきた。俺もドワーフ製だという、金属製のコップを買ったりしていた。可愛く描かれた鳥や魚が浮き出しの細工をされていて、滑りにくいように特別な加工がされていたものだ。

 俺がそんな趣味の品を買うことにアイノが驚いていたが、単純に仕事中に落として割らなそうだったからと伝えるとちょっと呆れていた。

 結局、そのコップを二つ買って、小休止となった。


 通りにテーブルを出している飲食店に入り、そこで飲み物と軽食を頼む。こういう所だとお茶と菓子類を提供されることが多いのだが、肉串が名物になっているちょっと珍しい店を見つけたのでそこにしてみた。


「うん。美味しい。やっぱり動いた後はお肉よね。マイアさんが良く言ってるもの」


「気持ちはわかるな。聖竜様は甘味が好きだが、この地域は肉料理も美味い」


 二人で串に刺さった牛肉を頬張りながら話す。店自慢らしい特別なタレ付きで焼かれていて、それがまた溜まらない。一緒に用意した飲み物は果実水だ。さすがにこれを紅茶で頂こうという気にはならなかった。

 ふと見れば、俺の方を見てアイノが笑っていた。


「どうかしたのか?」


「兄さん、すっかり平和な時代の人だなって」


「まだ十年も暮らしていないけれどな。ここでの暮らしは悪くない」


「うん。本当にそう思う。物も沢山あるし」


 俺にとっては数百年前でも、アイノにとっては眠りについてからは一年くらいしかたっていない。つい先日まで『嵐の時代』で、病に冒されていた感覚が強いだろう。

 こうして兄妹で出かけて買い物など、当時は考えられなかった。まったく、ありがたい話だ。


『そう思うなら、お土産を所望するぞい。とりあえずはその肉と、甘い物じゃ。ワシの好みは知っておろう。あ、どうせならアイノに選んで貰うのじゃ。アルマスはたまに年寄り臭い菓子を買ってくる』


『…………』


 自分でもびっくりするくらいショックを受けた。よりによって、聖竜様に年寄り臭いと言われるなんて。


『お言葉ですが、俺は聖竜様の好きそうなものを買っているだけです』


『なんじゃと! ワシを年寄り扱い……いやまあ、世界最高に年寄りではあるが、なんだか腹が立つのう』


『俺の気持ちをわかってくれましたか』


『うむ。じゃが、菓子選びのセンスがアイノに劣るのは事実じゃ』


『それは仕方ないと思いますが……』


 俺は食事への興味が強いとはいえないし、菓子となれば尚更だ。

 今日の所はアイノに聖竜様へのお土産を選んで貰おうかと思った時だ、アイノが遠くを見ていた。

 視線の先を見ると、すぐに理由がわかった。女性が三人、こちらを見ている。知った顔だ。聖竜領のメイド達で、アイノと一緒に居ることが多い子達だ。私服を着ている。今日は非番なのだろう。


「彼女達と約束でもしていたのか?」


「もしクアリアで会って、タイミングが会えばってちょっと話したくらいだけれど」


「行ってくるといい。日用品はもう買ったし、私的な物なら女性同士の方がいいだろう?」


「いいの? せっかく二人できたのに」


「気にしなくていい。どうせこれからも機会は何度もある」


 毎日顔を合わせるんだし、クアリアは近い。年単位で会えないなんてことはもうないのだ。だから、アイノに変に気を使わせる必要はない。


「じゃあ、遠慮無く。あ、聖竜様へのお土産は買っておくね」


「たのむ。大きなものを買ったら、クアリアの支部に置かせて貰うといい。後で輸送して貰える。それと、せっかくだからこれで好きなものでも買うといい」


 言いながら、懐から銀貨を何枚か取り出す。ちょっとした夕食くらいとれる金額だ。


「いいの?」


「せっかくだ、友人達と楽しんで来るといい。兄らしいこともしないとな。俺は先に帰るから、皆で聖竜領に帰りなさい」


「ありがとう。それと、兄さんはいつも兄さんらしいわよ」


 そう答えると、アイノは軽い足取りで、メイド達のいる方に歩いて行った。

 うん。妹が友人と遊ぶために小遣いを渡す。兄としてまた一段階上の存在になった気分だ。


『良いことしとるんじゃが、なんか褒めにくい感情じゃのう』


『いいじゃないですか。それと、今から聖竜様へのお土産を選ぶんで、なんなら好きなのを教えてください』


『うむ。良い心がけじゃ』


 一人になった俺は、上司と心の中で会話しながら、町での残りの時間をそれなりに楽しむことにした。

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