第266話「とりあえず、先のことは置いといて、俺は妹との予定の消化をすることにした。」

 家の増築が終わり、暮らし始めてわかったことがある。

 いざ、新しい生活を始めると、色々と足りないものが出てくる。

 めでたくアイノと家族二人の生活を始めた俺達だが、家具や日用品で必要なものが結構わかってきた。

 そもそも、俺一人の時代は料理もろくにしないので、調理器具や食器もちゃんと揃えていなかった。アイノが引っ越してくるのに合わせて少し用意しておいたものの、やはり足りなかった。


 こういうのは使う人の好みもある。クアリアに行くことがあれば、アイノと買い物でもしよう。


 そんなことを考えていたら、ちょうど良い感じにクアリア行きの仕事が入った。

 ちょうどアイノも同行する必要があったので、俺は喜んでレール馬車に乗った。馬車の中は暑いので、特別に冷房の魔法をかけたらとても喜ばれた。


 朝一でクアリアに向かい、現在は昼の少し前。

 クアリアにある聖竜領支部で、俺達はしっかり掴まっていた。

 真夏だが、室内は涼しい。特別に俺が冷房の魔法をかけてあるためだ。涼しくすることにより、作業効率が上がり、聖竜領の評判にもつながるとかいってサンドラが頼んできた結果だ。


「以上が、メイド学校の建築計画です。こちらが予定の図面。サンドラ様に渡してくださいまし。近いうちに、土地が確保され、工事の依頼が入ります」


「思ったよりも土地の規模が大きいな。将来的に増築を見込んでいるのか?」


 もはや誰もが認めるクアリア支部長となったマノンから渡された図面を見ながら聞く。

 建設予定のメイド学校は、ちょっとした屋敷くらいの大きさだ。それ以上に、周囲の土地の広さが目に付いた。これができれば、聖竜領で一番規模の大きな建築になるのではないだろうか。


「運営次第ですが、その予定だそうです。将来的に第二校舎、学生寮などが建築されるとか。最初は全て一緒の建物ですけれどね」


「それでも十分大きい。外から来た商会が建てた宿屋が霞むな」


 聖竜領にはダン商会以外にもいくつかの宿屋が建っている。有名商会が作っただけあって、良い宿屋だが、規模はそれほどでもない。


「メイド島の外に学校ができるのは大ごとですもの。東都どころか帝都も関わっていますわ」


 なるほど。一大プロジェクトというわけだ。サンドラが気を揉みそうだな。

 サンドラも心配だが、目の前の人物も気になるところがあった。


「ところでマノン、少し痩せたか? ちゃんと休めているのか?」


 久しぶりに会う貴族の女性は、少し疲れた様子だった。元々細身の体型だったので、よくない体型の変化が見て取れる。


「気を付けているのですけれど、わかってしまいますのね。正直、忙しくて体調管理がおろそかになっていますの。一応、近いうちに引っ越しの上で増員が決まっているのですけれど」


「もう少しで楽になるはずだ。良ければ、俺の方から聖竜領のメイドを回せないか話しておこう」


「お気遣い、感謝致しますわ。人が増えても机が足りませんの。できれば仕事を聖竜領に回したいと交渉中ですの」


「承知した。俺の方からも話しておこう」


 既に話した後だったか、さすがだ。マノンは優秀だが、処理能力はさすがにサンドラが上だ。聖竜領における事務仕事はサンドラとリーラ、それと眼鏡のメイドが相当な勢いで処理するので少し業務に余裕がある。


「案外、メイド学校の最初の卒業生はマノンのところで働くのかもしれないな」


「ふふ、その可能性は高いですわね」


 二人でお茶を飲みながらそんなことを話していると、別室の扉が開いた。

 小さな会議室になっているその部屋から出て来たのは、アイノとマルティナだ。


 今日の俺の仕事はマノンとの打ち合わせだけでなく、アイノとマルティナの面接だ。

 アイノがメイド学校に入学するに辺り、詳しい学校生活やその後の進路、なにより本人の意志を再確認するための作業が行われているのである。今日のアイノはメイド服ではなく、家にあったちょっと良い目の服で、緊張した様子で道中を過ごしていた。


 なんでも、本来ならメイド島まで行く必要があるそうだが、戦闘メイドなら代行できると言うことでマルティナにお願いした。

 最初はリーラにと思ったのだが、「さすがに私情が入りすぎてしまいますので」と申し訳なさそうに断られたため、比較的接触の少ないマルティナに担当して貰うことになったのである。


「面接の方は無事に終了致しました。私の見たところ、アイノ様の入学には特に問題はないかと思います」


 丁寧な所作で一礼してから、リーラとは違う柔和な笑みを湛えながらマルティナがそう言ってくれた。

 緊張したのか、横のアイノはまだ少し表情が硬い。


「こんな短時間の面接だけでいいのか? 名門だから入学するのも大変だと聞いているんだが」


「アイノ様の能力的に問題ないと判断致しました。最低限の作法についても、学校ができるまでに聖竜領のメイド達と共に学べば問題ないかと存じます」


「それは良かったですわ。そもそも、聖竜様の眷属の妹様ですもの。私たちには入学を拒否することはできないのですけれどね」


「そうはいっても、無理そうなら言ってくれた方が助かることもある」


 こちらを最大限気遣った対応をしてくれるのはわかるが、迷惑をかけるのは俺もアイノも本意じゃないのだが。


「その点もご心配はないかと」


 短く言ったマルティナの様子を見るに、本当に問題ないようだった。


「良かった。とりあえずは、一安心だな」


 席を立ち、そう声をかけるとアイノがようやく表情を緩めた。


「うん。兄さん、私、頑張るから。マルティナさんから、なんなら戦闘メイドを目指したらどうかって、言われたのっ」


 喜びを隠さず、弾むような声で妹がとんでもないことを言いだした。

 一瞬、マルティナを見る。相変わらずの笑顔だ。だが俺は知っている、彼女がよく、リーラと共に自分の主人自慢対決をしていることを。

 戦闘メイド……たしかに優秀なんだが、果たしてこうなるのが良いことなのか。


「よし、用も済んだし買い物に行こうか。昼はアイノの好きなものを食べよう」


「やった。メイドの皆に教えてもらったお店があるの」


 とりあえず、先のことは置いといて、俺は妹との予定の消化をすることにした。

 これから色々経験すれば、アイノの気持ちも固まるだろう。

 俺はそれを、見守って応援すればいい。それだけだ。

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