第265話「せっかくだ、頼れる相手に頼ってしまおう。」

 マイアの結婚問題という真新しい話題はあれど、日々の仕事はしなければならない。

 俺は各所の魔法陣を確認して、畑の世話をする。サンドラは領地経営の仕事をしつつ、いくつかの手紙を魔道具を使って送ったようだった。 

 マイアは流れでサンドラの護衛として同行の日々だ。たまに遠くを見る以外はいつも通りではある。


「俺は思うに、まずはマイアの気持ちを決めるべきではないかと思う」


 一仕事終えた休憩時間。執務室でトゥルーズお手製の茶菓子を食べながら、サンドラ、リーラ、マイアの三人とテーブルを囲みながら俺は言った。ちなみに眼鏡のメイドは、結婚の話題になったら慌てて退室した。気を使ってくれたらしい。


「そうね。まず、マイアがどうしたいかなの。是が非でも聖竜領で今まで通りの仕事をしたいのか、それとも帝都に戻って嫁ぎたいのか」


「それなんだが、たしかマイアは家を勘当されていなかったか?」


 普通に祖父が来てるし、帝都の大会に出てるから忘れていたが、対外的にそれで良いのだろうか。


「実は、聖竜領で腕を上げたこと、剣術大会で成果をあげたことで、なし崩し的に許されて家に戻った形になっていまして……。対外的には武者修行していたことになっているようです」


 ものは言い様だ。たしかに修行に明け暮れていたんだから嘘ではない。


「家の問題は解決済みで、むしろ家族は後押ししている……か」


 面倒な状況だ。きっと実家でマイアは孤立無援。さぞ居づらかっただろう。


「久しぶりに会う家族は異常に優しくて逆に居心地が悪かったです。それとは別に、悩んでいるのも事実でして……」


「悩む? 昼の話を聞いた感じではそんな余地はなさそうに思えたが」


 聞いた感じ、マイアの剣の腕が向上できる環境が用意されるか怪しそうだ。


「たしかにそうですが、帝国五剣が身近にいるというのは、非常に魅力的です。彼以外にも腕の立つ者がいるでしょう。帝都ならお爺様もいます」


「そういう意味で悩むのか。わかる話だが」


 聖竜領において、マイアは俺とハリアに次ぐ実力者だ。修行のおかげで今ではリーラとマルティナの戦闘メイド二人を同時に相手に戦うことすらできるほど、腕を上げている。

 修行相手はたまに相手をする俺や氷結山脈の魔物達。季節によっては他の帝国五剣もやってくるが、数日の話だ。


 彼女の修行の密度としては、物足りなくなっているのだろう。

 

「アルマス、マイアの強さ……はっきり言って帝国五剣になれる可能性はあるの?」


 少し迷った後、サンドラが正直なところを聞いてきた。

 その言葉を聞いたマイアが、表情を引き締める。


「おそらくだが、あと一歩というところだろう。たまにロジェを前にしている時のような圧迫感を感じることがある」


 あくまで私見だが、と付け足した俺の言葉を聞くと、マイアが分かり易いくらい表情を明るくした。


「そのあと一歩が遠い、ということでしょうか? 私から見ると、マイア様は恐ろしいくらい強くなっているのですが」


 リーラの発言に、マイアが頷いた。


「今回の剣術大会で自分の上達は実感できたのです。しかし、これ以上の修行をどう重ねれば、と悩んでいるのも事実です」


 そこで新たな環境か。間違っていないような気がする。そもそも、ここに剣の達人はいない。俺が得意なのは戦争だからな。


「マイアの実力についてはわかったわ。それともう一つ、結婚よりも、自分の剣の腕を磨きたいと思っていることもね」


「……たしかに。やはりこれは失礼な話ですね!」


 サンドラに言われてマイアが豪快に笑った。どうやら、自分の本音に気づいたようだ。


「では、マイアの剣の腕を上げる方向で動くとするか。結婚については、先送りにできるだろう?」


「ええ、対策を立てるわ。それと、剣の訓練についても当てがあるわ。既婚で子育てまでしている、女性の帝国五剣にあてがあるもの」


「なるほど。ヴァレリーか」


 彼女なら、マイアに良い助言をしてくれるに違いない。


「ヴァレリー様に……良いのですか?」


「良いのよ。できる限りのことはしたいもの」


「それに、旦那の方は隙あらば聖竜領に来ようとしているような男だ。喜んで来るだろう」


 あの第二副帝にも声をかければ助言をしに勢いよくやってくるだろう。せっかくだ、頼れる相手に頼ってしまおう。


「お二人とも、ありがとうございます。私などのために……」


「いいのよ。どうせなら領地から帝国五剣が出てるくらいのことをしたいもの。なんなら東都にいって訓練するくらいの算段を立てましょう」


「そうだな。俺の方もできるだけ手伝うとしよう」


「それならアルマス様、お願いがあります。件の人物ですが、直接ここに私に会いに来る可能性があるのです」


「なるほど。その時は俺が叩きのめせばいいんだな。任せろ。心を完全に折ってみせよう」


「ほどほどでお願いね。一応、相手も貴族なのだから」


「あの、心を折るまではしなくとも……」


 微妙に先送りだが、とりあえずマイアの結婚騒ぎは全力でそれを阻止する方向で話がまとまった。

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