第264話「これは、早めに相応の回答を用意してあげた方がいいな。」

 とりあえず、我々は普通に午前の仕事をこなした。

 マイアという、失礼ながら最も結婚という言葉を考えていなさそうな人物に起きた出来事は衝撃的であったが、俺とサンドラにはどうしようもない。戦って倒せばいいというわけではないのはちょっと困る。


 気分転換と情報収集を兼ねて、今日の昼はダン商会の酒場となった。

 

「なるほどぉ。剣術大会に出たら結婚を申し込まれたですか。なかなかおもしろ……大変なことになってるですね」


「ド、ドーレス。面白がるでないだよ。マイアさん、本気で困ってるだよ」


 他の客に気遣わせないよう、店の奥に陣取ったら、ドーレスとエルミアのドワーフコンビが同席になった。たまたま一緒に仕事をしての昼食だったらしい。


「そうなのです。困っているのです。……どうしたものでしょう?」


「おお。本気で困ってるですね。これは失礼しましたです」

 

 マイアはこの件を隠すつもりは無く、むしろ積極的に話していた。色んな人間に相談するべきと判断したようだ。

 

「マ、マイアさんは、どうしたいだ? 一緒になっても良いと思うだべか?」


「うーん。それが難しいところなのです」


 肉料理を丁寧な所作で切り分けながら、エルミアの質問に唸るマイア。こういうところでしっかり作法を納めているのを見ると、貴族なんだなと思う。修行と言って山の中で肉にかぶりついてる姿が印象的ではあるが。


「そうね。わたし達が手助けするにしても、まずはマイアの意志を確認しないと。方針を決める上で大事だわ」


 落ちついた声音でサンドラが言う。人が増えたことで落ちついたのか、状況が見えてきたのかもしれない。


「私は家を出たとはいえ、貴族の端くれではあるわけですし、嫁げと言われたならば行かねばという義務感はあるのです。しかし、聖竜領を離れがたい気持ちもまた事実と言いますか……」


 なんとも言えない答えだった。彼女の中でも、どうしたいかが決まっていないようだ。とはいえ、今すぐ決めろといえる問題でも無い。


「あのー、お相手のことを聞いても良いですか?」


 非常に良い質問をしたのはドーレスだった。確かに、ここまで、相手が帝国五剣という情報しかなく、具体的な性格などのことを知らない。


「求婚してきた当人の情報から、対策を練ることができるかもしれないな」


 俺がいうと、マイアは少し考えてから口を開く。


「……剣の腕は勿論抜群ですが、言い方がちょっと。「家に入って剣を置け」というのに近いことを言われました」


「…………」


 それは無理だ。マイアが難色を示すのもわかる。


「なんというか、難しそうだな」


 精一杯言葉を選んで言ってみたら、全員が無言で頷いた。

 しばらく、静かな食事が続いた。


「ここは一つ、既婚者に相談というのはいかかです? サンドラ様のお父上など、貴族の事情にも詳しいでしょうし、良い案を出してくれると思うのです」


「お父様は駄目よ。家族がらみのことになる駄目なのに、結婚とか恋愛なんて一番駄目……」


「いえ、そうでもないかもしれません。旦那様は奥様と大恋愛の末に、ご結婚されたと聞いております」


「嘘でしょ」


 実の娘も知らない情報がリーラからもたらされ、サンドラは驚きで固まった。


「たしか、当時の旦那様は、奥様に会うために仕事を放り出したこともあったとか」


「まさか、あのお父様が……」


 小刻みに震えるサンドラ。なんだかマイアどころじゃなくなってきたな。


「頼ってみてもいいんじゃないか? 案外、参考になる意見をくれるかもしれない」


「……そうね。色々と聞きたいことができたしね。なんでそれで再婚したのかとか」


「…………」


 ようやく落ちついた火種に点火してしまった気がするが、これも親の苦労ということで彼には我慢して貰おう。


「お貴族様の結婚は、大変だべな」


「ですです。あてくし達には縁の無い話です」


「私もそう思っていたからこそ、困っているのです。断りにくい空気が作られていて、あと少し帝都にいたら挙式の準備が進みそうでした」


「そこまでか……」


 身分が高いと本人の意志なんか無視しにかかってもおかしくないとは思うが、マイアの家族もなかなかやるな。ロジェ辺りがひ孫見たさに推進してそうでもありそうだが。


「俺は結婚には縁がないが、なかなか大変なものだな」


 これでは断るにしても一苦労だ。


「アルマス様は妹さんが一番ですものね」


 ドーレスが当たり前のことを言ってきたので、俺は悠然と頷いた。


「ちょっと勿体ないわね。アルマスと結婚すると、すごいメリットがあるのに」


「メリット?」


 婚姻を損得勘定で考えるのはどうかと思うが、そこは置いておいて、気になる言葉だ。本人も知らないぞ、そんなもの。


「非課税なのよ、あなた。だから、結婚すると税金を納めなくてよくなるわ」


「…………」


 言われてみれば、俺はイグリア帝国に納税したことがないな。聖竜領自体が、聖竜様の領地を貸してる扱いだからな。特別だ。


「アルマス様……あてくしと結婚してください。書類上だけでいいので」


 目をキラキラと輝かせて、ドーレスが言ってきた。迷いがない、真っ直ぐな瞳だ。


「断る」


 俺は即答した。


「私は一体どうすれば……いっそ、強くなって斬り捨てられれば良かったのに」


 横ではマイアが深刻な様子で物騒なことを呟きだしていた。


 これは、早めに相応の回答を用意してあげた方がいいな。

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