第260話「具体的な方策を聞かれたら間違いなく困り果てる。」

 ゴーレムを製造して、農地を耕す。聖竜領における一般的な光景であり、俺はなんだか久しぶりにその業務を行っていた。

 春になってから南部への出張、ここ数日のリーラからの依頼。なによりアイノが手伝ってくれていたおかげで、久しぶりに本業を再開した気分である。


 既に季節は夏近く、春からの農作業はアイノ達が片づけてしまったので、夏用の畑と新たな農地の開墾に俺はゴーレムを使っていた。


「なんだか、じっくりとゴーレムを使うのは久しぶりだな」


「最近は作ったらすぐ農家さんや職人さんにお任せですから、ちょっと新鮮ですねー」


 俺と同じくゴーレムに命令を出しつつ、土地を見回しながら返したのは庭師のアリアだ。いや、今や彼女を庭師と呼ぶのは相応しくないかもしれない。聖竜領において、彼女は最早農業を指導する立場になっている。


「色々と整ってきたおかげで、こうした作業が久しぶりになったと思うことにするよ」


「アルマス様はお忙しいですからー。でも、こうして手伝って貰えるのは嬉しいです-」


 太陽の日差しの下、アリアがにこやかに笑みながら言う。

 今作っているのは、時期をずらした夏植え用の野菜の畑だ。冬の間ずっと休んでいて、一度地面を掘り返した後、肥料を加えたりして、再び使えるようにする。

 現在地は屋敷から西にいった農地の片隅。時期をずらして収穫するための畑である。 

 

 これが終わったら、少し行った先の草原を掘り返して新たに小さめの畑を確保する予定だ。こちらは新しい農作物の実験を行うらしい。聖竜領の農業も、段々規模が大きくなってきた。

「アリアも大変だな。こうして作業するだけで無く、クアリアまで勉強に行って」


「それは仕事だし楽しみですからー。元々、庭師じゃなくて農業にも興味があったから幸せですよー」

 

 どうやら、彼女的には土に触れることが出来れば庭師という職業にこだわらないらしい。


 いつも笑顔を絶やさないアリアだが。仕事ぶりは非常に熱心だ。冬以外の時期は朝から晩まで働いて、よく食べてよく寝ている。


「それはいいが、仕事ばかりで休みを忘れないようにな」


 先日の休み方を忘れかけたトゥルーズを思い出して、ついそんな言葉が出た。


「もちろん、休む時はちゃんと休ませてもらいますよー。あ、えっと、そうだ……」


 ゴーレムを移動させながら朗らかな返答が来ていたが、いきなりアリアの挙動が不審になった。


「どうしたんだ? いいにくい事なら、無理しなくていいぞ」


「いえ、ちょっとアルマス様に聞きたいことが。……ロイ先生、私のことで何か言ってませんでしたか?」


 来た。想定外だったが、ついにという感じだ。今までロイ先生からの反応しかなかったが、アリアからこんな問いかけをされようとは。


「…………」

 

 アリアの質問にはどんな裏事情があるのか。ロイ先生は今どんな風な状態なのか。二人の関係はどの程度なのか。それがわからない。この前見たメイド報には載っていなかったのが残念だ。

 

「あ、あのー。答えにくかったでしょうか? アルマス様は同じ魔法士で仲が良いですし。その、事情も知っているかと思いましてー……」


 色々と考えこんでしまい。つい黙ってしまった。


「とても大切に、気にかけているのは伝わってくるよ。ただ、ロイ先生は優しいからな」


「そうなんです。優しくしてくれるんですがー」


 優しい、の一言で何となく事情がわかった。ロイ先生が積極性に乏しいのは想像に難くない。


「俺の方からも一言いってみよう。応援してるから頑張ってくれ」


「あ、ありがとうございますー。なんか、意外ですねー」


 素直な気持ちを口にしたら。アリアが凄い驚いた様子だった。


「人間だった時、厳しい時代だったとはいえ、戦場ではそういう話もあった。何度か目にしたり、仲間を助けたこともある」


 当時も周囲では色々あったのである。俺は故郷のアイノのことが心配すぎて、そんな話とは全く縁がなかったが。


「凄いです。アルマス様、期待しちゃいますー」


「ちょっとだけにしてくれ。得意分野じゃないしな」


 これが戦闘なら自信満々で言うところだが、そうではないので控えめに返答しておいた。


○○○


 アリアとの作業を終えた後、領内に戻った俺は、早くもロイ先生と遭遇した。

 屋敷近くの畑で動く小型ゴーレムを見ながら、新しい魔法陣を描くロイ先生に、軽く話しかける。


「お疲れ様。こちらの仕事は終わったよ」


「お疲れ様です。さすが、お早いですね。アリアさんの方も大丈夫そうでしたか?」


「ああ、仕事の方は問題なしだ。ただ、そうだな……」


「な、なにかあったんですか?」


 思わせぶりな態度をしたら、あからさまに動揺するロイ先生。わかりやすい。


「ロイ先生。もう少し強気で行ってもいいと思うぞ」


「そ、それは一体! あ、アルマス様!」


 大声をかけてくるロイ先生を置いて、俺はその場を去った。


『なんじゃ。もう少し具体的に教えても良かったんじゃないかのう?』


 次の仕事である自分の畑に向かっていると、聖竜様が話しかけてきた。


『冷静に考えたら、俺にはあれ以上の助言は難しいと思いまして』


 具体的な方策を聞かれたら間違いなく困り果てる。


『ロイ先生のことだから、ダニー・ダン辺りに相談するでしょう。あとは上手くいくよう祈るのみです』


 聖竜領の数少ない既婚者、ダニー・ダン。彼の手腕に全てを賭けた。きっと俺より確実だ。

『もし酒場で出くわしたら、ちゃんと話を聞いてあげるんじゃぞ』


『わかっていますよ』


 ロイ先生相手に親身な聖竜様の言葉に答えながら、俺は森への道を歩くのだった。

 頑張れロイ先生。あと一歩だ。多分。

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