第261話「しばらくは兄妹でゆっくり過ごそう。そんな思いが、俺の中で強くなった。」

 いよいよ夏が本格化し、朝から気温の上昇が激しくなり始めた頃。

 俺の、いや、俺達の家の増築が完了した。


「素晴らしい。ありがとう二人とも」


 作業が完了した我が家の前で、増築作業の中心となって働いてくれた元護衛の二人、ゼッテルとビリエルに対して、俺は礼を言っていた。


「よしてくだせぇ。俺たちゃ仕事をしただけですぜ。姐さんの仕込みがいいんですわ」


「この家は俺達にとっても思い出深い仕事ですからね。精一杯やらせて貰いました。他の職人達もよくやってくれましたよ」


 最近では護衛の鎧を着ること無く、すっかり大工になった筋肉質な男二人は恐縮しながらそんなことを言った。


「森の中の建築作業をしっかりと、それもこんなに早くやってくれて感謝しかないな」


「そもそもの工事が予定より遅れて始まってしまいましたから、その分気合いをいれましたんでさ」


 昨年、聖竜領が忙しすぎて先送りにしていたが、結果的に皆が良い仕事をしてくれたということで良しとしよう。

 

「料金の方はすぐに支払うし、追加で依頼があったらすぐに相談するよ」


「はい。是非またご贔屓に」


「知っての通り、家具なんかはもう妹さんが持ち込んでますんで、今日からでも住めますよ。問題があればすぐ言ってください。直しますから」


 既に内部の説明は済んでいる。アイノはメイド達と仕事だったので、立ち会いは俺だけだったが、既に何度も訪れているので問題ない。


「じっくりと過ごさせて貰うよ。ありがとう」


 もう一度礼を言って、増築された我が家の引き渡しは完了した。


○○○


 我が家の増築部分。それはアイノの部屋と新たな応接室だ。以前、応接とリビングの中間のような扱いだった部屋は、正しくリビングとして使われる。

 四角い家に新しく長方形がくっついた形になった我が家は、なかなか快適だった。内装も少し変えたし、温度調節の魔法を入念に仕込んであるのだ。


 そんな真夏でも涼しい家のリビングで、俺はアイノとゆっくりお茶を飲んでいた。


「やっぱり家があるって落ちつくわ。ありがとう、兄さん」


「礼はやめてくれ。家族のために必要なことをしたまでだ。必要なことがあったらすぐ言うんだぞ」


 殆ど空の棚に並ぶ、瓶に詰まった乾燥ハーブ、吊された薬草。それとアイノが持ち込んだ調度類。まだ俺達らしい家とはいえないが、生活する環境としては十分だ。

 ちなみにアイノだが。メイド達が気を利かせて、午前中で仕事を終わりにしてくれた。今日は一日兄妹でゆっくり過ごして欲しいとのことだ。


「屋敷の生活も良かったが。やはり家だな」


 先日の軽く話した時と変わらず、アイノは屋敷では無くこの家で暮らすことを選んだ。俺に気を使ったというわけではなく、自分の部屋、自分の家がとても嬉しいらしい。

 その証拠に、これから必要な品を買いにクアリアまで出かける算段を楽しく立てている。


『良かったのう。お前さん達が仲良く暮らしているのを見るのは、ワシも嬉しい』


 頭の中に聖竜様の声が響く。アイノも同様だったようで、瞳をうっすら金色に輝かせながら微笑んでいた。


「聖竜様に御礼を言ったのか?」


「うん。いつか、聖竜様をここでおもてなししたいわ。お菓子も用意して」


「そのうち本当に来そうだな」


 力が大きすぎるのもあり、自分の空間から出てこない聖竜様だが、お茶をするために気軽にここまでやって来るのも容易に想像できる。その時は、できるかぎりの歓待をしよう。


『ワシが気軽に出て行けたら迷わず行くんじゃがのう』


『その場合、ここでお茶を飲むだけですみそうにありませんね』

 

 きっと、いや確実にトゥルーズの料理を所望したり、クアリアまで出かけることになる。

 それはそれとして、今は我が家への引っ越しだ。


「そうだ。引っ越し祝いというわけじゃないんだが。アイノにいいものがある」


 リーラから貰った恋愛小説の新刊をテーブル上に置くと、アイノが目を輝かせた。


「すごい! こんなのどうやって手に入れたの? 兄さんが読みそうにないのに」


「メイド達の間で流行っていると教えられて、手に入れたんだ。良ければ貰ってくれ」


 商品の出所をぼかしつつ言ったが、特に引っかかることなく受け取ってくれた。


「私も兄さんへ用意したものがあるの。これなんだけれど」


 遠慮がちにアイノが取り出したのは、木製の護符だった。四角い札のような形状で、俺がたまに作るものに形が似ている。


「……中に魔法陣が仕込まれてるな」


「うん。ロイ先生とか聖竜様に教わって書いたの。兄さんが無事でありますようにって。必要ないかもしれないけれど」


「とんでもない、こういうものの有無が生死を分けるんだ。大切にするよ」


 たしかに聖竜様の眷属としての俺は相当な実力者だと思うが、それでも完全無欠じゃない。なにより、あらゆることをする上で、士気はとても大事だ。その点で、これは最高の品とも言えるだろう。しかも、製作に聖竜様が関わっているなら何かしらの加護までありそうだ。


「本だけでは足りないな。俺もアイノのために護符を作るか。できるだけ強力なのを」


「嬉しいけれど、無理はしないでね、兄さん」


 どんな護符を作るか考え始めた俺を見て、ちょっと心配げにアイノが言ってきた。

 うっかりとんでもないものを作らないように気を付けないとな。


「さて、一休みしたらでかけよう。準備は大丈夫か?」


「ちょっと待ってね。さっきメイド服から着替えたから、今度はお出かけ用のにしないと」


 慌てて立ち上がったアイノが、自分の部屋に消えていく。

 ようやく俺の待ち望んだ日常が始まる。そんな予感に、心が満足感に満たされてきた。


『うむうむ。二人とも、仲良く暮らすのじゃぞ』


 俺の頭の中に、聖竜様の満足げな声が静かに響いてきた。

 

 しばらくは兄妹でゆっくり過ごそう。そんな思いが、俺の中で強くなった。

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