第259話「トゥルーズに同意しつつ、俺は再び釣りに集中することにした」

 リーラから受けたメイド達の調査依頼。結果は「メイド達が聖竜領で独自の印刷物を発行していた」ということがわかり、俺は速やかに、その日のうちに聖竜領の戻って報告した。


 作っている印刷物は問題ないものだし、リーラとマルティナにとって理解できるものだ。メイド達は隠れてやっていたが、いっそ知らせて堂々と発行する方がいいだろう。隠そうとしても、あの二人は何らかの方法で入手するだろうし、その時の反応の方が恐い。


 朝レール馬車で出かけて、午後にクアリアから帰る。いつも出かける時と同じようなスケジュールで動いた俺は、聖竜領の屋敷に用意されている俺の部屋でリーラと話していた。


「と、いうわけだ。印刷物については俺よりもリーラの方が心当たりがあるんじゃないか?」

 

 マリエと呼ばれる眼鏡メイドを追跡した一連の出来事を伝えると、リーラは安心した様子で軽く息を吐いた。


「納得しました。たしかに、メイド島でも定期的に有志よって機関誌が発行されていました。これだけ人数がそろえば似たようなことをしだす者がいてもおかしくない。想像が至らない私の未熟ですね」


「こういうのを想像するのは難しいと思うんだが」


 まさか部下達がいつの間にか勝手に工房に出入りして印刷物作ってたなんて、なかなか想像がつかないだろう。メイド達はかなりちゃんと組織化して作業してたみたいだし。


「リーラとしてはどうなんだ? 俺が見たところでは、彼女らの楽しみになっていたようだし、そのままで良いと思うのだが」


「メイド報はメイド島で一〇〇年以上続く伝統の機関誌です。将来の訓練所のことを考えても、聖竜領版が作られる環境があっても構わないと思います。地域色が出て面白いかもしれませんね」


「思ったより前向きだな。もっと反対するかと思ったんだが」


「私だって見習いの時はあったのですよ。メイド報を作っている友人と協力して、嫌なことをする外部講師を糾弾して退職に追い込んだりしたものです」


 過去を懐かしみながら穏やかに笑みを浮かべるリーラ。話した内容は全然穏当じゃない。


「恐らくマルティナも同意見でしょう。念のため、サンドラ様に報告し、内容も確認するように致しますが、あの子達なら問題ないかと思います」


「信頼しているんだな」


「勿論です。私と共に聖竜領を支えているのですから。……しかし、すぐに既存の発行物を提出させねばなりませんね。お嬢様についての記事が気になります」


 前半部分の台詞だけを聞かせれば、メイド達が感涙に咽び泣きそうなものだが、後半で台無しだ。


「アルマス様。なにか?」


「いや、いい。では、俺は失礼するよ。報酬は夜にでも届けてくれ」


「勿論です。アルマス様、面倒な仕事を引き受けてくださって、感謝致します」


 リーラから優雅な一礼を受け取って、俺はその場を後にした。


○○○


 その後、俺は森の中で時間を過ごすことにした。元よりリーラの依頼で一日終わる予定だったので、少し時間ができたためだ。時刻的にもう少しで夕刻。木陰の多い森の中は涼しく過ごしやすい。

 俺は森の泉のほとりでゆっくりしていた。清涼な湧水と程よく広い水場。人里近いこともあり、領内の人間やエルフがたまに休息にくる場所である。

 人がよく来るおかげでいつの間にか丸太で簡単に仕上げたベンチやテーブルが置かれていたりもする。そのうち本気で公園として整備されるかもしれない。


 泉近くの岩に座ると、のんびりと釣り糸を垂らす。魚を食べたいわけではなく、気晴らしだ。こうしてゆっくりとした時間を過ごすのは大切なことだ。心に余裕が生まれる、と思う。

 このまま日暮れまで森の空気と釣りを楽しもうと思っていた俺だが、気になることが起きていた。


「なにをしているんだ、トゥルーズ」


 すぐ横で、トゥルーズが膝を抱えてじっと水面を見つめていた。

 どうも俺が来る前からこうしていたらしい。

 表情が少ない彼女だが、今は不思議なことになっていた。感情のない、無。茫然自失。そんな様子で殆ど動かない。


「……休憩している。落ちつく」


 少し時間をかけて、ゆっくりした口調で返事が返ってきた。

 なにか嫌なことでもあったのだろうか。彼女には世話になっている。少し詳しく聞いてみよう。


「悩みごとがあるなら相談に乗るぞ。できる限り力になる」


「ありがとう、アルマス様。でも、何でもないの。たまに、こうして、静かな場所でぼーっとしたいの」


「なにも森の中でやらなくてもいいんじゃないか?」


 気持ちはわからなくもないが、わざわざそれなりに距離のある森ではなく、家でもできるんじゃないかと思う。森は虫とか飛んでいるし、夜は暗い。

 そんな気持から出た俺の疑問に、トゥルーズは頭を横に振った。


「屋敷にいると、気がつくと厨房にいてしまうことがある。それと、領内を歩いたりしていると、料理のことを聞かれることが多い。クアリアに買い物にいくこともあるけど、つい食材が目に入って仕事のことを考えてしまう……」


 トゥルーズは深刻な顔をしていた。料理が好きで、仕事としての誇りやこだわりがある彼女でも、時にはそこから離れたいと思うことがあるんだろう。


「落ちつくには、遠くのなにもない所にいくしかないということか」


「そう……。たまに、エルフの里で寝床を借りて、一日中寝たりしている」


 そういえば、休日を過ごすトゥルーズをあまり見た記憶が無い。まさか、休日に上手く休めないことが悩みだったとは。

 ここにも働き過ぎな者がいた。さすがにうちに来て休めとはいえないが、力になってやりたい。


「音を遮断するとか、冷暖房とか、魔法で解決することなら手伝おう。何なら南部にトゥルーズの休憩部屋を作ってもいいぞ。俺が掛け合う」


 そう言うと、トゥルーズはにこりを笑った。


「ありがとう。本気でお願いする。アルマス様も、ちゃんと休んでね。いつも殆ど休んでないから、心配」


 働きすぎて休めなくなった人間に、心配されてしまった。俺はそんなに働いているように見えるんだろうか。


「これからは頻繁に休むつもりだぞ。アイノも帰ってきてるしな。休日は忙しいんだ」


 普段なら「俺は竜だから平気だ」と答えるところだが、仕事人間だと思われるのは心外なので、別の方向で返すことにした。


「アルマス様らしくて安心した。でも、休むのって難しいね」


「ああ、そうだな」


 トゥルーズに同意しつつ、俺は再び釣りに集中することにした。もしかしたら、こういう時の俺はさっきの彼女と似たような顔をしているのかもしれないと思いながら。

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