第258話「俺は少し考えた。」

 リーラとの相談から数日後、俺にクアリア行きの仕事が出来た。内容は、聖竜領のクアリア支部との打ち合わせ。それとダン商会への納品だ。いつものことであり、俺自身が個人的な用事でクアリアに行くことは多いので特に目立つようなことはない。

 クアリアにはレール馬車のおかげで昼前に到着。ハリア便があればもっと早いんだが、昔に比べれば十分早い。


 そんなわけで、徐々に温度が上がる午前中の街中を歩いた俺は、中心部にある聖竜領の出張所に到着した。


「お待ちしておりました。リーラから話は聞いております」


 出張所内に入ると、戦闘メイドのマルティナが出迎え、そのまま応接に通してくれた。彼女の主であるマノンは席を外している。サンドラとマノンの間でもちゃんと話が通っているんだろう。


「状況としてはメイド達がクアリアで何かをしているということしかわからない。俺の方で追いかけることになっているんだが、問題はないか?」


「はい。私やリーラが動くと、メイド達に感付かれる怖れがありますので。慕われているというのは、ある意味で監視されているのに近いということもありまして……」


 複雑な胸中を覗かせながらマルティナが言う。自分から動けないというのはもどかしいだろう。


「サンドラの補佐をしている眼鏡のメイド、マリエがこちらに来ているはずだ。それを追跡するつもりだ」


「所用でこちらに来た後、午後は非番になっています。メイド服を着たままですから、わかりやすいかと。今はこちらの領主の屋敷にいます」


 あまり話さないから呼んだことはないが、眼鏡のメイドはマリエという。メイド達の中では結構上の位置にいるらしく、今回のように重要な仕事を任されることも多い。


「さすがはマルティナだな。しっかり部下達の動向を把握している」


 やっぱり彼女達が自力でやるのが一番早そうだが、その言葉は飲み込んでおいた。


「それが私の役目ですので。アルマス様、お手数をおかけしますが、どうか宜しくお願いします」


 優雅に一礼され、俺は一つ頷くと仕事に入るべく外に向かった。


○○○

 

 街中で目標を追跡するなら、目立ってはいけない。

 残念ながら、俺がいつも着ている服はどこにいても目立ってしまう。聖竜様特製のローブは服としての性能は最高なんだが、真っ白だからな。

 

 普通なら着替えるなりして対処するところだが、俺は魔法を使って解決することにした。

 自分の周囲に風景を移し込んで、隠れる魔法だ。『嵐の時代』に潜伏用に作られたもので、動きながら使うと自分のいるところが歪んで見えてしまうが、物陰などでじっとしている分には有用である。


 こういった時の常道は待ちだ。仕事を片づけた後、領主の屋敷の近くで、魔法を発動してじっと待つ。


「来たな」


 屋敷の出入り口が見える、建物の影で観察すること一時間。マリエが出てくるのを確認した。眼鏡にメイド服。聖竜領内で見慣れたいつもの姿だ。


 一仕事終えた後だからか、マリエは足取り軽く石畳の上を歩いていく。心なしか、少し笑みを浮かべているようだ。今から非番だからだろうか。


 リーラほどではないが、仕事中は表情の変化が少ないメイドの知らない一面を確認しつつ、俺は後を追った。


○○○


 聖竜様の眷属としての俺は魔力探知の能力で個人を追える。今回もそれを活用させて貰った。魔法で隠れて観察、見えなくなったら魔力探知しつつ移動。それを繰り返して、マリエの後を追いかけた。


 辿り着いたのはクアリアの街西部。元々は建物が少ない地区だったが、最近は新しく工房などが立ち並ぶようになった場所だ。

 各所に水路が走り、湯気が立ち上ったり、物音が聞こえる建物が並ぶ賑やかな地区である。この辺りが発展したのは聖竜領も無関係ではない。大がかりな工事が頻発する関係で、クアリア領主スルホが熱心に誘致した結果だ。


 騒音と薬剤の臭い、それと男達のかけ声の中をメイド服は迷い無く進んでいく。

 最終的にマリエが辿り着いたのは、印刷工房だった。

 事務仕事をしている彼女にとっては無関係ではない場所だが、非番で訪れるのは珍しい。

 

 慣れた感じで迷い無く工房に入るマリエを見送った俺は、魔法で聴覚を強化して内部に集中する。

 眷属としての聴覚、それを魔法で強化したとしても、賑やかな工房地区としっかりした建物内の会話を聞き取るのは難しい。

 集中することで、なんとかマリエの声が耳に入ってきた。


「……素晴らしいです……。こんなに仕事が早いなんて……」


「……喜びます……みんな……楽しみに……」


「……リーラ様……美しい……今度はサンドラ様も……」


「………はい。できればまた……。……今度はクアリアでも……」


「……アイノ様のことも…………いいですね」


 最後に聞き逃せない単語が出たことで、危うく立ち上がって、声を出しかけた。まさかここでアイノの名前が出るとは。


 これは、直接聞いてしまっていいやつではないだろうか。ことここに至って、他人事ではなくなった。アイノが関わっているなら、あらゆる手段を尽くすべきだ。


 即断した俺は、潜伏用の魔法を解除して工房の扉を開いて中に入った。


「失礼する。ちょっと話を聞きたいのだが」


「ア、アルマス様! どうしてここへ!」


 印刷機材が並ぶ工房内に入ると、目に入ったのはマリエと工房の人間。それと、女性が二人。いや、二人は見覚えがある。聖竜領内のメイドだ。非番だから私服なのか。


「事情があってこの辺りにいたところ、見覚えのある顔を見かけた上、アイノの名前が聞こえてな。ここで何をしているんだ?」


 問いかけると、マリエは無言で近くの机の上を見た。

 そこにあるのは一枚の用紙。表面には活字による印刷がされている。


「……聖竜領メイド報? これは一体」


「……私達の趣味です」


 申し訳なさそうな顔をする三人のメイドのうち、マリエが小声でそう答えた。


○○○


 メイド島にはメイド報と呼ばれる伝統的な印刷媒体がある。修行を積むメイド達が何人かで集まり、記事を集め、定期的に島内に配布するそうだ。

 名前の通り外部と距離のあるメイド島において、メイド報は貴重な情報源であり、娯楽であり、伝統文化である。


 工房の入り口で、マリエは俺にそれを訥々と語ってくれた。


「つまり、それの聖竜領版を作っていたということだな?」


「はい。これだけメイド島出身の者がおりますし、将来研修所もできるということですので」


 彼女達は、自分達の文化を聖竜領で再現しようとしていた。そういうことらしい。

 記事を見せて貰ったが、内容は領内のちょっとした出来事や、クアリアの店の情報などが中心だ。リーラやマルティナについてのことも多い。

 

「リーラ達に隠れてやっていたのは、この辺りが原因か」


「はい。お二人のことは沢山書きますので」


 二人の戦闘メイドについては、たまに個人的なことも書かれている。だが、このくらいなら許容範囲ではないかと思う。


「先ほど聞こえたんだが、アイノの記事もあるのか?」


「はい。で、ですけど、いきすぎたことは書きません。主に仕事での出来事です」


「ふむ……」


 俺は少し考えた。これがメイド島の伝統に習ってということなら、リーラとマルティナも理解を示すように思える。ならば、下手に押さえつけず、彼女達に手を貸すべきでは?


「これから言う条件を飲んでくれるなら、リーラ達に許可を貰う手助けをしよう」


「本当ですか! い、一体どんなことを?」


 表綬を明るくするマリエと二人のメイド。彼女達に向かって、俺は軽く笑いながら条件を言う。


「発行したら。俺にも一部くれ。できればアイノには黙ってな」


 こうして、聖竜領のメイド達の間で、独自の印刷物が流通するようになった。 

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