第257話「俺の人生なんか全部ご存じの癖に、聖竜様がそんな返事をした。」
リーラからメイド達の内偵依頼を受けた俺は、翌日から行動を開始した。
とはいえ、何か変わった行動を取るわけじゃない。普段の仕事をしつつ、それとなくメイド達の様子に気を配るだけだ。割と色んなところで見かけるからな、難しいことじゃない。
「アルマス様、おはようございます。アイノ様ならパン焼きですよ」
朝からの仕事を一通り片づけ、昼前になった頃、ハーブの納品がてら、ダン商会の酒場の近くですれ違ったメイドの一人が教えてくれた。彼女達は俺がいつも妹の情報に飢えていると思っているようだ。出張から帰ってから、頻繁にこういうことがある。
状況的には好都合である。俺は酒場兼雑貨屋にハーブを届けたついでに、近くに作られているパン焼き釜に向かった。パン焼き釜は領主が用意した村の財産で、農民から屋敷のメイドまで幅広く利用している。火力がいいとかで、屋敷の厨房で何でも作れそうなトゥルーズもたまに訪れるほどだ。
内部に巨大なパン焼き釜を供えた石造りの建物からは毎日良い匂いが漂ってくる。それは今日も例外では無く、近づくにつれてあの匂いが濃くなってきた。
「こんにちは。アイノがパンを焼いているそうで見に来たんだが」
「こんにちは、アルマス様。アイノ様でしたら、こちらですよ。焼き上がったらお屋敷にお持ちしますので、楽しみにしていてください!」
中に入って一声かけると、近くにいた短髪のメイドが元気よく教えてくれた。
見れば、釜の近くにある作業台で、アイノが懸命にパンを捏ねていた。
「兄さん、今ちょっと作業に集中してるから、話せなくて。ごめん」
三名のメイドに混ざり、同じ服を着て作業をする妹の姿に、俺は不思議な満足感を
覚えた。上手に指導されているらしく、動きは悪くない。なにより、この場に馴染んでいるのが兄として嬉しい。
「捏ねるのは結構な重労働だと聞く。疲れたらこれでも飲んでくれ」
疲れの取れるマウの葉を服の中から少量出して、置いておく。眷属印の価値を知っているメイド達は目を丸くする。
「これだけいるのにアイノだけ労うわけにはいかないだろう。幸運だったということで納得してくれ」
「兄さん、ありがとう。後で皆でいただくわ」
「はい。頂きます!」
アイノに続いて返事をするメイド達に頷いてから、俺はその場を後にした。
こんな調子で、俺は仕事の合間や暇つぶしを兼ねているように見せかけつつ、聖竜領内を歩いて回った。あまり広範囲を移動してあからさまに話を聞いて回っているように見せないように気を使っておくのが大事だ。
幸い、俺が領内をあてもなく歩くのは結構あるので、特に不審に思われることもない。
『成果はどうじゃ。アルマスよ』
『残念ながら、ないですね』
聖竜領の広場に設けられた聖竜様の石像。そこに雑貨屋で買った菓子を供えながら、俺は聖竜様と話をしていた。
あのあと、農地、酒場、屋敷とメイドの居る場所を回ってみたが、これといった成果は得られていない。皆、懸命に働いている。良いことだ。
『リーラ達が言う怪しい動きの様子すら掴めていません。日中では無く、夜に行動するのかもしれませんし、警戒しているのかも。そうすると長期戦になりますね』
『ワシもあんまり気にしていないからのう。メイド達は良く集まってお茶とかしておるし、おかしなところはないように感じておったし』
聖竜様はその気になれば、聖竜領内のあらゆる情報を集められるはずだが、面倒だし悪い気がするとかで普段は大ざっぱにしか見ていない。この件では頼らない方が良いだろう。
『こういう時、お前さんはどうするんじゃ?』
『まずは全体を把握して、重要な情報を持っていそうな人物に目を付けます。人が集まれば、中心となる者がでてきますから。あとは、そこに集中ですね』
『結構具体的な答えが返ってきて恐いのう』
俺の人生なんか全部ご存じの癖に、聖竜様がそんな返事をした。
誇ることではないので、黙っていると、広場で休憩しているメイド二人が目に入った。
何度かの造成で作られた屋根付き休憩所で飲み物を飲んでいるのは、屋敷でサンドラの補佐をしている眼鏡のメイドと、肩まで髪が伸びた強気そうなメイド。
前者は聖竜領内の中枢に近く、後者はメイド達のまとめ役という立場にいる。
『期限を決められているわけではないですが、早い方がいいでしょう。まずはあの二人を見てみます』
『犯罪だけはせんでくれよ』
当たり前である。俺を何だと思ってるんだ。ちょっと常識に問題があるみたいに上司から言われた俺は、憮然としつつ午後の仕事へ行くふりをしつつ、休憩している二人のメイドに話しかけに行った。
それから三日後、俺は深夜の屋敷の一室で、リーラと話していた。
「なるほど。クアリアで何かをしていると」
「ああ、俺が内偵したところ、メイド達はクアリアに行った際に何らかの取引をしている。実行の中心にいるのは、眼鏡のメイドのようだな」
「……たしかに、彼女は仕事でクアリアに向かうことも多いですから。なにかすることはできるでしょう」
「具体的なことは調べてみなければわからないな」
「承知しました。近いうちに彼女にクアリアへ行く仕事を作りましょう。アルマス様、お願いできますか?」
「わかった。俺も出かけるとしよう」
ある程度目星をつけたら自分でどうにかするかと思ったが、リーラは思った以上に慎重だった。
「もし、彼女達が危険なことに首を突っ込んでいたら、すぐに教えてください。私とマルティナで何とかします」
危険でなければ、そのままでいい。責任感を覗かせながら、そんな意味のことを言ったリーラは、しっかりとメイド長としての貫禄があるように俺には感じられた。
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