第256話「その点は意見が一致していた。さすがはリーラだ。」
聖竜領に戻って日常に慣れたはじめたある日、俺は屋敷内でリーラに呼び出されていた。
場所は誰も使っていない空き部屋。夜中に呼び出され、なにを言われるのか不審に思いつつ俺は現場に向かった。
「夜分遅くありがとうございます。何分、話しにくい内容でしたので」
「リーラがそんなことを言うのは珍しいな。サンドラ絡みでなにかあったか?」
この戦闘メイドが主無しで俺を呼び出す。それも深夜だ。きっと相当なことがあるに違いない。心の中で何を云われても受け止める覚悟を決めつつ、俺はリーラの言葉を待った。
「私の代わりに、メイド達を内偵して欲しいのです」
「……意味がわからないんだが?」
少し申し訳なさそうに言ったリーラに、俺は率直な疑問を口にした。
「実は最近、聖竜領内のメイド達に独自の動きが見られるのです。以前から私やマルティナに並々ならぬ視線を向ける子達でしたが、それが周囲にも向いているといいますか」
「それは聖竜領内の生活に慣れて、周囲を見るようになったということじゃないのか?」
メイド島で訓練を受けた優秀なメイド達とはいえ人間だ。新しい環境に慣れるのに時間が必要だろう。ここに来て二年以上たち、もともと憧れの対象だったリーラ達以外にも興味が出てきたのというのは不思議な話ではない。
「それでしたらわかります。私もメイド長として色々見ていますが、彼女達は既に地域に溶け込んでいると言えるでしょう。個人的な付き合いも増えています。それは歓迎すべきことですが……」
「今言ったのはそれとは違うということか」
俺の言葉に、リーラが無言で頷いた。つまり、メイド達が地域の住民として良くある行動とは別の動きをしていると判断しているわけだ。
「これは私だけでなく、マルティナからの依頼でもあります。二人で相談してアルマス様に依頼をすると決めました」
「二人で話し合ったり協力したりできたんだな……」
「一部の意見が不一致なだけで、険悪なわけではありませんから」
もう一人の戦闘メイドであるマルティナは、主自慢の関係でリーラと微妙に仲が悪い。それがしっかり協力してくるとは。それなりの事態ということだろうか。
「メイド達を内偵か。なかなかの仕事になるが」
「私の見たところ、これが可能なのは聖竜領でアルマス様だけです。情報収集は得意とお見受けしておりますが」
「いや、たしかにそうなんだが」
『嵐の時代』、俺は戦地での情報収集や工作のため、色んなところに入り込んでいた。実際、やればそれなりにできる。今は身体能力が著しく上がっているしな。
「盗み聞きとかするのは、あんまりよくないだろう。それに、メイド長のリーラから直接聞けばいいんじゃないか?」
先日、アリアとトゥルーズの会話を立ち聞きしたのは良くなかった。反省している。戦時や非常時でもないのにこういうことをするのは気が進まない。今更だが。
なにより、今言ったとおり、リーラかマルティナが直接聞けば解決する問題にも思えるのだ。
「立場上、そういったことも可能でしょう。ただ、特に問題のない事柄だった場合、私が彼女達を信頼していないということになります。実害のある行動はとっていないでしょうが、把握はしておきたい。それ故に、立場を利用して聞き出しにくい。そんなところなのです」
「そういうものか。部下がいたりすると大変だな」
「お嬢様ほどではありませんよ」
俺は部下がいたことは殆どないから実感は薄いが、上の立場というのは判断一つとっても大変だ。
「それとなくアイノに聞いてみるのは駄目だろうな」
「はい。メイド達との関係は良好ですから。アイノ様に余計な気遣いをさせるのは宜しくないかと」
その点は意見が一致していた。さすがはリーラだ。よくわかっている。
「リーラにとって必要そうな情報だということはわかったが……」
あまり気が進まないな。そんな俺の考えを察したのか、リーラに動きがあった。
メイド服のポケットに手を入れ、取り出したのは文庫本一冊。
「こちらは、今帝国内で人気の恋愛小説。その最新刊です。当然、領内のメイド達でも大流行。彼女達と仲の良いアイノ様も楽しみにしている作品です」
「それが報酬ということか? 人気ならそのうち買えるんじゃないか?」
「私の伝手を総動員して先行入手した品になります。領内に入ってくるのは夏頃かと」
そういえば、リーラの趣味は恋愛小説を読むことだった。知ってはいたが、まさか自分の能力の全てを賭して行動するほどだとは。
「依頼を完遂してくれたならば、こちらを進呈致します。私の把握している範囲では、アイノ様はこちらの作品の今後の展開について、各所のメイドとよく盛り上がっており、非常に楽しみにしておられます」
「それを把握できるくらい聞き耳を立ててるなら、やっぱり自分でやればいいんじゃないか?」
俺にとって非常に重要な情報が入ってきたのは有り難いが、同時に少し呆れが混ざってしまう。いや、日常的にメイド達の様子を見ているリーラですら詳細を掴めていないということか。つまり、向こうも本気……。
「結構大変そうな気がしてきたな」
「アルマス様にしかお願いできないお仕事です。そして、この本をお渡しすればアイノ様も大層喜びます。アルマス様がいない間、これの件でメイド達と夜遅くまで盛り上がってましたよ」
「わかった。やろう」
冷静に考えたら、アイノがメイド達と仲良くしているところも確認したい。俺のため、リーラのため、この依頼を受けることにしよう。アイノが喜ぶ報酬もあることだしな。
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