第254話「今回は緊急事態だ。ロイ先生の精神が不安定になっていたし。」
聖竜領に帰り、休息も挟んだ翌日、俺は早々に仕事に復帰した。
いつも通りの畑の世話。そして、もはや俺の主要な仕事となったゴーレム造りである。
今日は南部でロイ先生と土木用ゴーレムを作成するところから作業が始まった。
「よし、魔力の持続は十日だな?」
「はい。それでお願いします」
大岩に魔法陣の書かれた紙を貼り付けながら、ロイ先生に最終確認。その後、聖竜様の杖を掲げて次々に魔力を注ぎ込んでいく。
魔法陣も魔法の起動もすっかり手慣れた。すぐさま十体ほどのゴーレムが誕生する。俺達が見上げるくらい背が高く、全体的に力強い見た目。大きなものを運んだり、道を固めるためのゴーレムだ。
「いやあ、相変わらず見事なもんだ。使って大丈夫です?」
「ああ、連れて行ってくれ」
軽い確認のあと、近くで見物していた現場の職人達がゴーレムに命令を出して現場に向かっていく。
これから十日、南部の開発に活躍してくれるだろう。
「さて、ここは終わりだな。今度は領内に戻っての仕事か。大分感覚的に近くなったな」
「はい。もうレール馬車が行き来していますからね」
俺がいない間に聖竜領と南部の湖を繋ぐレール馬車と街道の工事はかなり進み、概ね問題なく稼働するようになっていた。今は街道の石畳や排水溝など、細かい点検をやっているところだ。
湖が近くなったおかげで、俺とロイ先生は仕事の範囲が更に広がり、リリアは酒を飲みやすくなる。労働時間はともかく、生活水準的には良い話である。
「このままいくと、南部から山地までの街道敷設をすることになるそうだ。小屋も建てるだろうな」
「アルマス様が向こうで色々と整えてくれましたからね。ありがとうございます。聞くところによると、温泉も楽しんだとか?」
「ああ、良いところだった。……アリアと一緒に行きたいのか?」
「い、いえ。そういうわけでは……。いえ、アリアさんが働き過ぎで心配なので、休んで欲しい気持ちはあるのですが、誘うのはちょっと……」
一度否定してからもう一度自分の発言を否定した辺り、本人の中で色々と思うところがあるようだ。
「アリアは喜ぶと思うぞ」
ロイ先生のことを嫌っているわけではないし、最近はよく一緒に居ると聞いた。ここに来てからの年数的にも、ちょっと二人で出かけるくらい、いけそうに思える。
「………」
ロイ先生は難しい顔をしていた。周囲からの情報ほど上手くいってなかったのだろうか。
「力になれるかわからないが、話を聞くくらいならできるぞ」
「じ、実はですね。最近、アリアさんがあんまり会ってくれないんです。いえ、忙しいのはわかるんですよ。春はアリアさんの季節ですからね。農作業も始まりますし、農家の方々への指導や、冬の間に色々と計画していたことの実行もあります。でもですね、僕との約束を曖昧にはぐらかして、屋敷の他の人と話したりでかけたりしてるんですよ。それってどうなんでしょう?」
軽く促したら物凄い勢いで情報が溢れてきた。ロイ先生らしからぬ早口だ。これは相当溜め込んでいたな。
「……ちょっと待ってくれ。少し考える」
俺が考え始めると、大人しく黙るロイ先生。なにか参考になる話が出てくると、その目が期待に満ちている。
……無理だな。今聞いたばかりの話だし。
少し考えた結果、俺には良い助言ができなさそうだと結論が出た。
とはいえ、それではロイ先生にあまりにも申し訳ない。
「アリアにもなにか事情があるんだと思うが、わからないな。俺の方でも色々調べて、なにかわかったら伝えよう」
「そうですか……」
あからさまにがっかりするロイ先生。まだ俺の話は終わっていないというのに、早とちりだな。
「安心してくれ。俺は本気で調べる。こう見えて、戦場での情報収集は得意だったんだ。その技術を発揮してみせよう」
「お、お願いします。御礼はしますのでっ」
俺の本気という一言が効いたようだ。ロイ先生の表情が少し明るくなった。
「成果は約束できないが、多少は期待して待っていてくれ」
我ながら、ふわっとした約束だな。ともあれ、これでロイ先生は少し持ち直したようだ。
俺達はこの後、良い感じに領内の仕事に戻った。
○○○
日中をロイ先生との仕事で終えた後、俺は屋敷の食堂に来ていた。
そして、軽く潜伏して聞き耳を立てていた。
夕食前にトゥルーズと雑談しつつ何か貰おうと思っていたのだが、急遽予定が変わった。
食堂内から、アリアとトゥルーズの会話が聞こえてきたのである。
俺は即座に食堂近くの倉庫に入り、聴覚に集中。なんなら魔法で感覚も強化した。
これは破廉恥な聞き耳ではない。俺とロイ先生の男の約束を果たすための諜報活動。そう言い聞かせて、中の会話に耳を傾ける。
「ん。大分良い。あとは焼くだけ」
「その焼くのが難しいんですよねー。この前は駄目にしちゃいましたし。ケーキってクッキーみたいにはいかないですねー」
「火力の調節は難しい。なんなら、アルマス様にお願いすればやってもらえるけど」
「それだとロイ先生にばれちゃうじゃないですかー。あの二人、仲いいですからねー」
しばらく聞き耳を立てた結果、以上のような会話を聞き取ることができた。ほとんど無言だったのは、二人がかりでお菓子を作っていたかららしい。
そしてどうやら察するに、アリアはロイ先生のためにお菓子作りを学んでいるようだ。
きっと、彼を驚かせるための秘密の行動というやつだろう。
アリアがロイ先生とあまり会えないというのも、これが理由に違いない。もしかしたら、トゥルーズ以外の者にも色々と教わっているかもしれない。
そう納得した俺は、魔法を解除して倉庫を出た。こうした行為はあまり良くないからな。今回は緊急事態だ。ロイ先生の精神が不安定になっていたし。
自分に言い聞かせながら、一瞬だけ食堂の扉を見た後、俺は屋敷の玄関に向かうのだった。
アリアが作ったお菓子は気になるが、特訓を邪魔するほど無粋じゃない。ダン商会の店にでも行って、何か買うとしよう。
今のことをロイ先生にどう説明すべきか。上手い言葉を考えながら、俺は食堂から良い香りが漂ってくる廊下を、ゆっくりと歩き去るのだった。
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