第253話「ここ数年で一番、穏やかな気持ちで笑えたと思う。」

 ユーグとの話を終えた俺は、改めて自宅に足を踏み入れた。

 玄関は変わらないが、内部はしっかり増築が行われている。家の横に長方形の家をもう一つ追加する配置で、新たな建物が生み出されている。


 増築部分は来客用の応接とアイノの部屋だ。まだ内装が完成していないようだが、しっかりした作りの物が出来上がっていた。応接の方は既に調度類が運び込まれている。アイノとサンドラが話し合いながら、クアリアで調達しているそうだ。


 机などは備え付けだが、ティーセットなどは新しいものが棚に並んでいる。小瓶に入ったハーブや薬草などが沢山並んでいるのがこの家らしさを出しているように感じた。


「この分なら、もう少しすれば帰れそうだな」

 

 今日はエルフの森で作業しているゼッテルとビリエルの仕事ぶりに満足していると、頭の中で聖竜様が話しかけてきた。


『のう、アルマス。案外このまま屋敷にいてもいいんじゃないかのう? ここは別荘というか、たまに帰る感じでも良さそうに思えるんじゃが』


『たしかに暮らすならあちらの方が便利ですね』


 聖竜様の言うことはもっともだ。森の中よりも、聖竜領の中心である屋敷の方が利便性は高い。すぐにレール馬車に乗れるし、店が増えた村の中心部へも行き来しやすい。屋敷内には多くの人がいて、食事や洗濯などの面倒まで見てくれる。

 きっと、俺が申し出ればサンドラは屋敷への居住を許可するだろう。現時点で、部屋も用意してくれていることから、断る気などないことは明白だ。

 現代社会に慣れるため、色々と勉強しているアイノのためにも、屋敷にいる方がいいのではないか。

 冬の間、屋敷で過ごす内、俺なりに検討を重ねてきた。


『屋敷の生活は快適だけれど、いつまでも住み続けるわけにはいきませんよ。種族的にもね』


『たしかに、お前さんが本気を出せば何百年も住むことになるしのう』


 今はいいだろうが、ずっとあの屋敷にいるとさすがに迷惑だろう。俺は寿命が長すぎる。


『それに、アイノには帰る家があった方がいいと思うんです。これから、色々あった時に帰ってこれる場所が』


 アイノが最終的にどんな道を選択するにしても、俺がここで暮らしていれば、いつでも安心して帰れる場所になるはずだ。そうあるように、住環境を整えておいてやりたい。


『とはいえ、アイノが屋敷がいいと言われたら、そこは尊重するつもりですけれどね』


『それは、本人に聞いてみるんじゃな』


 ちょっと楽しそうな口調と共に、聖竜様の気配が去っていく。

 俺が怪訝に思っていると、玄関から見慣れた姿が入ってきた。


「良かった。兄さん、まだここにいた」


 やってきたのはアイノだ。相変わらずのメイド服姿で、室内にいるとちょっと違和感を感じるが俺の妹である。


「どうかしたか? もう少し家の様子を見てから帰るつもりだったんだが」


「せっかくだから、一緒に家の中を見ておこうと思って。楽しみよね、ここで暮らすの」


 言葉通り楽しげに、足取りも軽く室内を見回すアイノ。その態度には、俺の懸念などどこへやらといった感じだ。


「アイノ、屋敷に住みたいと思わないのか?」


 思い切って聞いてみると、振り返った妹は軽く笑みを浮かべていた。


「お屋敷は便利だし、楽しいわ。でも、今は兄さんとここで暮らすのが楽しみだわ。ようやく、家族で暮らせるんだもの」


「俺に気を使う必要はないんだぞ?」


『なんか、お前さんが妹と暮らしたくないみたいな言い方になってきたのう』


 いきなり戻ってきた聖竜様がなにか言ってきたが、とりあえず聞かなかったことにした。


「気を使ってなんてないわ。自分の家があるって嬉しいもの。それも、平和な時代に暮らせるなんて、それだけで楽しみよ」


 言いながら、新しく作られた木製の長椅子に腰掛けたアイノは、愛おしそうに木製の机を撫でる。


「私ね、今とても嬉しいの。ゴーレムを造ったり、勉強したり。色んな人と話したり。明日はなにがあるんだろうって、考えながら生活できる。自分にできることが増えていく。せっかくだし、兄さんに美味しい料理を作ったり、家で自分の部屋を飾ったりもしたいわ」


 アイノの語ることは、こうして治療が終わって元気になるまでは実現不可能だったことばかりだ。

 俺に対して気遣いをしているなんて、うぬぼれだったな。妹はもう自分の生き方をしっかり考えているというのに。


「アイノがそう言ってくれて俺は嬉しいよ。冬の屋敷での生活が快適すぎて、ここに住むのを嫌がるんじゃないかと心配だったんだ」


「正直言うとね、ちょっと迷ったの。でも、自分の部屋も欲しいし。兄さんと森で暮らすのも楽しそうだと思ったから」


「そうだな。楽しく暮らそう」


 悪戯っぽく微笑むアイノに、俺は穏やかな気持ちでそう答えた。ここ数年で一番、穏やかな気持ちで笑えたと思う。


『うむ、うむ……良かったのう。良かったのう』


 相変わらず竜が良すぎる上司の涙声が聞こえてきたが、これも俺は聞かなかったことにした。あとで、甘い菓子でもお供えしようと心で決めながら。

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