第252話「俺自身、アイノ以外のところでも、案外変化があるものだ」

 帝国中南部への出張を終えて聖竜領へ帰った翌日。

 領主の屋敷に泊まった俺は、朝の空気の中、入り口でリリアと話していた。


「それじゃあ、私は酒場に行きますので」


「朝からいいのか? いや、仕事に口出ししたいわけじゃないんだが」


「今日は久しぶりにゆっくりして、明日からお仕事再開で南部に向かいます。一応、ここに来るまでに、空から見たおかげで進捗状況は把握できましたから」


 リリアの仕事は南部の別荘地建築。屋敷に戻るまでハリアに空輸して貰ったのが意外なところで役立ったらしい。


「ダン商会の酒場には、実験で作った薬草酒がいくつかある。興味があれば頼んでみてくれ。俺から聞いたといえば出してくれる」


「ほんとですか! いやぁ、帰ってきて良かったですね」


 満面の笑みを浮かべるリリア。酒好きの彼女だが、出張中は酔い潰れるほど飲むことはなかった。彼女なりにしっかり仕事をできるように調整していたのだろう。


「聖竜領なら酔い潰れてもメイドさんが屋敷に運んでくれますからね。安心です。久しぶりに全開でいきますよー」


「……ほどほどにな」


 俺の想像は当たっていたようだが、酔い潰れるのは心配だ。とはいえ、せっかく落ち着けるんだから今日くらいは好きに飲んでもいいだろう。彼女をよく知るメイド達が対処できるだろうしな。


 そんな言葉を交わした後、リリアは意気揚々と酒場に向かっていった。飲んでいれば、仕事仲間や大工のスティーナとも会える。案外、彼女の仕事的には効率的かもしれない


「さて、俺も森に帰るとするか」


 誰に聞かせるでもなく呟くと、俺は屋敷のある丘を下り、森へ向かって歩き出す。

 行き先は自宅。長く不在にしてしまった自宅の様子を見にいくのである。

 いつもの仕事に戻ろうとしたら、アイノに「今日は私が仕事をするからゆっくりして」と言われてしまったのだ。


○○○


 定期的に様子を見にいってはいたが、森の中の自宅に帰るのは冬以来となる。アイノの生活と改築、春からの出張と殆ど家で寝た記憶がない。

 今日もまだ畑や家の状態を確認するだけとはいえ、森に入った瞬間、とても懐かしい気持になった。故郷に帰ったとでもいおうか。そんな気持ちだ。


 久しぶりに見る自宅前は、様相が変わっていた。

 まず、道が少し広がっている。改築に合わせて、ロイ先生とアイノがやったらしい。輸送の関係だろう、家の少し向こうまで、簡単だが石畳の舗装がされていた。木材の加工所があるので、荷馬車で行き来するためだろう。

 自宅に入る前に畑の方を見てみようかとそちらに向かおうとしたら、ちょうどその方向から人間が現れた。


「ユーグか。おはよう。畑の世話をしてくれたのか?」


「おはようございます。アルマス様。ハーブも薬草も、しっかり世話をしてありますよ」


 現れたのは薬草専門の魔法士であるユーグだった。彼は相変わらず同僚とエルフ村の中で、ハーブや薬草の研究をしている。今では聖竜領のエルフよりも知識が深くなっていて、こうして俺が不在の時は畑のことをお願いしている。


「ありがとう。おかげで安心して出かけることができたよ。ユーグの方は忙しすぎないか?」


「オレは同僚がいますし、今はエルフの皆さんが助けてくれますからね。ロイ先輩とかと比べると余裕があります。そうだ、南の方で薬草を使ったって聞きましたけれど」


 耳が早いな。いや、魔法具や聖竜様経由で細かくやりとりしていたから、しっかり情報が行き渡っていたと見るべきだろう。


「向こうの重鎮相手に使わせてもらった。高齢だったんで、量の調節に苦労したよ。今後、聖竜領の薬草の使い方を学ぶために薬師が訪れるようになるかもしれない」


「いいですね。薬草の評判が上がるし、使い手が増えればデータも増えます。もっと色んな使い方が見つかるかも知れません」


 ユーグは研究者だから指導を嫌がるかと思ったのだが、そんなことなく楽しそうにしていた。


「俺としても、そうやって快く引き受けてくれるのは有り難いな。そうだ、森の生活に不便があれば言ってくれ」


「ここは年々賑やかで便利になってますからね。特にはないですが、同僚に聞いておきます。強いて言えば、ロイ先輩がアリアさんと出かけるようになって、あんまり話せなくなったことくらいですけれど」


「ほう。そんなことになっているのか」


「はい。そんなことになっています。先輩が楽しそうだから、オレはいいですけど」


 思いがけず、興味深い情報を入手してしまった。色んなところで注目されているな、あの二人。

 せっかくなので、ユーグに畑の生育情報について数点訪ねていると、森の奥から音楽が聞こえてきた。


「弦楽器に笛の音が聞こえるな」


「……凄いですね。オレにはなにも聞こえないんですが」


 どうやら、人間の聴覚では聞き取れないくらいの距離からのようだ。


「音の方向からして、エルフ村だな。なにかあったのか?」


「ゼッテルとビリエルの二人ですよ。たまに、エルフ村で仕事をした時に楽器を演奏したりするんです。すっかり仲良しなんで、森に住めってすすめられていますよ」


 なるほど。二人はあちらで仕事中だったか。


「さすがに何年もたつと、色々なところで人間関係ができているな」


「振り返ると、変わってることに気づきますよね。そうだ、増築おめでとうございます」


 話の流れで俺の家を見たユーグがそう言って頭を軽く下げた。

 俺自身、アイノ以外のところでも、案外変化があるものだ。


「これで、今後増えていく仕事がどうにかなればいいんだがな」


「それは難しいんじゃないですか」


 軽くぼやくと、ユーグが諦め気味に言葉を返した。

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