第246話「なんだか感動に打ち震えながらそんなことを言いだした。しかもちょっと泣いてる。どうしよう。」
俺の回復魔法で加齢による老化は改善しない。長く使った肉体の不具合を往年を戻したりすることもできない。
だが、疲れを取ることくらいはできるし、体の痛みを一時的に抑えるくらいのこともできる。
そんなわけで、エリーザの祖父ヨセフは、俺から回復魔法を受けて思った以上に元気になっていた。
「おおお、名湯でも癒やしきれなかった疲れと痛みが消えた……。体も痛くない。こんなの何年ぶりじゃ……」
俺達の前で立ったまま喜びに震えるヨセフ。周りの友人達がそれぞれ「ずるいぞ、儂もやってもらおう」とか言っている。皆、疲れてるんだな。
「聖竜様のおかげで回復魔法が少し得意なんだよ。ただ、一時的に治しただけだからな。無理をすればまた元通りだ。しかし、長く療養していたようなのに、思った以上に悪かった」
「うむ。過労で倒れて療養を始めたんじゃが、周りが勝手に仕事を持ち込んできておってな。こっそり仕事をしておった」
「お爺様……だから全然元気にならなかったんですね」
話を聞いたエリーザが呆れている。どうやら、実の孫も知らないところでこっそり色々と動いていたようだ。それで体調を崩したままなのはどうかと思うが。
とりあえず、先に仕事を片づけておくか。
「ここに俺が育てた薬草も置いていく。とてもよく効くから薬師に少しずつ調合して貰ってくれ。詳しい使い方を知りたくなったら、聖竜領に人を送ってくれ。指導できる者がいる」
ユーグやエルフ達なら上手く指導できるだろう。
話をしつつ俺はドーレスが荷物から取りだした眷属印の薬草をテーブル上に置く。
「おお、かたじけない。さすがは聖竜領の賢者殿。まずは、自ら動き、儂らの信頼を勝ち取ったということですな」
「……そこまでのものじゃない。疲れた人間を放っておけなかっただけだ」
少し考えてからそう答えると、ヨセフの周りの者が「なかなか謙虚じゃ」とか言った。本当に先に仕事を片づけたかっただけで、他意はなかったんだが、黙っておこう。
「そして、この地にリリア様を伴ってくるとは思いませなんだ。覚えていらっしゃらないでしょうが、かつて儂らは先の第一副帝様の元で働くリリア様を何度か目にしたことがあります。当時貧しかったこの地域へ多めに発注してくれたこと、忘れておりませぬぞ」
「……お、お気になさらず。私は仕事をしただけですから」
黙ってお茶を飲んでいたリリアが、目を逸らしながら答えた。多分、本当にただ仕事をしただけだ。
結果的に、彼女を連れてきたのは正解だな。知っている相手からは非常に印象が良い人材だ。
「元気になったところで、少しだけ貴方達の事情を話してくれないか。今後、聖竜領がこの地域と交流を持つ上で、政治的な不安要素がないかを、領主のサンドラは危惧している」
俺が本題に入ると、ヨセフ達の周りの空気が引き締まった。老いたとはいえ、さすがは歴戦の為政者。すぐに仕事の顔に戻った。
「儂個人としては、何年か時間をかけてサーフォ様を立派な領主として独り立ちさせるつもりでな。こやつらとの調整をしつつ、仕事をこなしていたのだが……歳には勝てんかった」
「そもそも、領主が兵力を持っておらんのが悪いんじゃ。こっちだって、政変で苦しくて自前の治安維持で大変なんじゃ」
「エリーザちゃんだってわかってるじゃろ? それをあの若造が無理を言うから……」
「エリーザちゃんが直接言ってくれれば、どんどん兵士を出すんじゃがのう」
周りの老人が騒ぎ出した。思ったよりも、サーフォに対して悪感情をもっているわけでは無さそうだ。本気で人手不足なのかもな。かなり私情が入ってるみたいだが。
「皆さん、どうしてもっとサーフォ様を信じてくれないんですか。この地において、まさに必要な方なのに」
「そうは言っても他の有力者がのう……」
エリーザの非難めいた言葉に老人がうなだれる。権力者とはいえ、なんでもできるわけではないらしい。
「本来なら、この地域を知り尽くした儂が上手いことやって、その辺をとりまとめ。サーフォ様がその間に第一副帝様なりと交渉して状況を整える。そうしたいのじゃが」
「ここで元気になったから復帰できるんじゃないのかの?」
隣の老人の言葉を受けたヨセフがこちらを見たので、俺は静かに首を振った。
「肉体が若返ったわけじゃない。また無理をすれば倒れるぞ」
「……お爺様を補佐する人員が足りませんね。私はサーフォ様のお手伝いで手一杯ですし」
「いわゆる秘書のような人が足りないですか?」
ドーレスの質問にヨセフとエリーザが同時に頷く。
「仕事を管理したり、情報をやりとりしたり。特に私達の仕事は秘密が多いですから、それを守れないといけません。その点で信頼を置ける人というとなかなか……」
「その上恥ずかしながら儂も歳でな、身の回りの世話をしてくれる者も欲しい」
「それはなかなか難しいですね」
ドーレスが残念そうに言った。商人としてのつてで、どうにかできないか考えたようだが、難しいか。
「私から第一副帝にかけあってもいいんですが。時間がかかりそうですねぇ」
リリアも困り顔だ。秘密が守れて仕事が出来る、それこそ雑務まで可能な人材か。
一つ、思いつくことがあった。
「聖竜領にはメイド島という所から来たメイド達がいる。上手くすれば、その人材を回すことができるかもしれない」
「……メイド、だと」
瞬時にヨセフの眼光が鋭くなった。本当に光を放つんじゃないかというくらい、目に意志がこもっている。
事実を伝えただけなんだが、まずかったか?
「……ついに……儂もその領域に到達したか。メイド島のメイドが……」
なんだか感動に打ち震えながらそんなことを言いだした。しかもちょっと泣いてる。どうしよう。
「メイド島のメイドは第一副帝様の認めた方の下にしか派遣されません。大変名誉なことなのです」
俺が戸惑っているとエリーザがそう教えてくれた。そうだったのか。聖竜領ならそこら中にいるし、割と私情で集まったように思えるんだが。
「そういえば、私はメイドさんを下に付けてもらったことありませんね。信頼されてなかったんでしょうか……」
気付は横でリリアがちょっと落ち込んでいた。多分、フラフラしてるからじゃないかと思う。
「……アルマス殿。その話が本当なら、儂も最大限の努力をしよう」
「承知した。できる限りの交渉をしよう」
ヨセフの友人達が「ずるいぞ」という視線をしていたが、それは無視して俺は頷いた。
なんだか予想外の反応があったが、これで少しは何とかなりそうだ。
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