第245話「とりあえず、この老人に元気になってもらおう。」
ベシーの町は低い山々の麓にある。麓からは緩やかな稜線を見渡すことができる場所に、山間の土地を上手に利用した坂の町を作ったという印象だ。
距離としてはレイネンストの町から馬車で三日。山裾が終わった先は平地で、大きめの町が周辺に多い影響か、俺の想像よりも発展した町だった。
整備された石畳の上を馬車が進む。通りには結構人がいる。温泉目的の客が多いと言うことだ。
「お爺様が滞在している宿は少し登ったところにあります。景色の良いところで、よく連れていってくれました」
馬車が坂をゆっくり登っていくと、エリーザの言葉通り、見晴らしの良い高台のようになっている箇所に建っている宿に到着した。
二階建てで、派手さはないが白い壁が印象的な小綺麗な建物だ。立地が良い以外は極端に目立ったところがないともいえる。こういう場所を好む辺り、エリーザの祖父の性格が窺えた。
「確認してきますので、少々お待ちください」
馬車が止まるとそう言ってエリーザが降りていった。足取りが軽い。単純に、祖父に会えるのが嬉しいんだろう。事前に一報入れてあるので、向こうも驚くと言うことはないだろう。
「温泉地というのは、珍しいものが一杯ですね。少し聖竜領に持ち帰りたいです」
「食べ物系はアルマス様にお願いすれば保存して貰えるでしょうか?」
『む、ワシもその辺は気になるぞい。観光地には珍しいものが売られているからのう』
同行者二人と聖竜様は好き勝手言っていた。この後仕事をするのは俺だけだからと気楽なものだ。
しばらく外で待っていると、扉が開き、エリーザが出てきた。
ただ、様子がおかしい。なにやら難しい顔をしている。
「なにかあったのか?」
そう聞くと、エリーザは申し訳なさそうな顔をした。
「はい。中にはお爺様以外の人が待っていまして」
「反応からするに、顔見知りな上に望ましくない感じだな」
「……はい。その、祖父の昔からの知り合いです。政治関係の方が、複数名」
つまり、領主サーフォと悪い関係にある重鎮ということだ。
「自分のお仕事があるでしょうに、わざわざ待っていたですか?」
「地元に顔が利く面々が三名ほどです。アルマス様とお爺様が接触するということを重く見ているのでしょう」
まるで重要人物だな。いや、今はこの地域に来た聖竜領の代表みたいなものだから、当然か。
「問題ない。君の祖父が一緒に待っているということは、なにかしら話したいことがあるんだろう。むしろ、会いに行く手間が省けて楽じゃないか」
今の俺達に必要なのは情報だ。とりあえず、向こうの事情も聞いてみようじゃないか。
そう思い、馬車から降りて宿の入り口に向かう。ドーレスとリリアも特に不満はないようで一緒についてくる。
「お爺様、どういうつもりかしら……」
不安顔のエリーザと共に、俺達は宿の扉を開くのだった。
○○○
エリーザの祖父ヨセフは、痩せた老人だった。腰を悪くしているらしく、案内された室内で一番良さそうな椅子に腰掛けている。ただ、老いて体を悪くしてはいても意志ははっきりとしているようで、その眼差しは鋭く強い。
そんな祖父の横には三名の男性が同じく椅子に腰掛けている。どれも老齢といえる人間だ。高そうな服を着ていることから、それなりの人物であることが察せられる。
宿に入るなり案内された応接。俺達はそこでロウニィ地方の重鎮達と図らずも顔を合わせていた。
「はじめまして、アルマス殿。エリーザの祖父、ヨセフじゃ。噂は色々聞いている。遠路はるばる、かたじけないことだ」
「こちらこそ。わざわざ時間を作って貰って有り難い。領主サーフォからの依頼で治療に来た」
領主の名前を出すとヨセフの横の三人が一瞬身構えた。ただ事実を言っただけなんだが。
彼ら以上に動揺しているのがエリーザだ。この場に祖父以外の者がいるとは考えていなかったらしい。
「お爺様、他の皆さんもいるなんて聞いていませんでしたよ」
「うむ。お前からの手紙が来たことを伝えたら心配して来てな。久しぶりに自慢の孫娘の顔も見たいと言ったんで、来て貰った」
エリーザの祖父は真顔でそう答えた。横の三人も含めて、真面目に頷いている。
「それに、アルマス殿は気にしていないようだぞ。このくらいは想定済みなんだろう?」
「まあな。彼女が手紙を出したという時点でこのくらいは想像していた。俺としては、双方の意見を聞けるのは助かる。もちろん、目的は治療だが」
あくまで治療が目的だと強調すると、ヨセフが苦笑いした。実際の所はともかくとして、本当のことだ。
「では、まずは治療を受けるとしようか。話はそれからということで。実は聖竜領の賢者殿の魔法と薬草に、ちと期待している。年もあるんで、腰やら肩やら痛いし、疲れもとれんし……」
「年齢的なものまでは解決できない。一時的に体調がよくなるだけだ。それと、薬草類は持って来ているが、俺ではなくちゃんとした医師や薬師に処方してもらった方が良い」
「ここは医師も常駐しておる治療専門の宿でな。そこはぬかりない。……実は割と本当に体がしんどいので、先に頼む」
「お、お爺様……っ」
いきなり切実な雰囲気を出したヨセフを見て、エリーザが慌てて駆け寄った。周りの友人達も心配そうに話かける。
「無茶しおって」
「過労で倒れて、ようやく散歩できるようになったばかりなのに」
「七十すぎると全てが悪いんじゃから無理は駄目じゃぞ……」
どうやら、本気で老齢で弱り切っているようだ。
「では、話を聞く前に先に仕事をさせてもらおう。ドーレス、荷物から薬草類を出しておいてくれ」
「はいです」
俺はドーレスに指示を出しつつ、聖竜の杖を取り出して立ち上がった。
とりあえず、この老人に元気になってもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます