第244話「面倒な工作をしないでいい、良い仕事と言えるだろう。」
エリーザの祖父ヨセフは現在、ベシーという町で療養しているとのことだった。
レイネンストの町から西にいった山地にあり、温泉が名物でこの地域で体を悪くした人が良く行く場所だという。
俺達は領主から馬車を借りて、ベシーの町に向かうことになった。いつもより少し揺れの大きい馬車に乗りながら、今後について話をする。
「やはり馬車は楽だな。用意して貰えて助かった」
「こちらからお願いをしているのだから当然です。むしろ、聖竜領の方々が徒歩で城に現れたことに皆が驚いていたんですよ。どこかで馬車を用意してくると思っていましたので」
俺の発言にエリーザが笑みを浮かべながらそう返した。話をする上でも、案内という意味でも彼女がいた方が良いだろうということで、同行することになった。
「馬車を用意するという発想が出なかったな。不思議だ」
「私も思いつきませんでした。いつも徒歩だからでしょうか」
「あてくしは管理の方が大変そうだったから黙ってたです」
俺、リリア、ドーレスの順にそう感想を言うと、エリーザは困ったような笑みになった。
「聖竜領にはレール馬車というものがあり、竜が輸送を行っていると聞きますので、皆さんは乗り物を駆使してくると思っておりました」
「今回はたまたま歩くのが好きな人選になっただけだよ。サンドラがいればどこかで馬車を用立てただろう」
「ですです」
俺の言葉にドーレスが同意する。
「想定していたことですが、サンドラ様はまだこちらに来られないのですね。お会いしたかったです」
軽い溜息とともにエリーザがそんなことを言った。本当に残念そうだ。
「会いたい? なにか用件でもあるのか?」
「勿論です! 若くして帝都にて学問を修め、自ら人を集め魔境に入植し、見事にそれを成す。たった三年で皇帝陛下はじめ多くの方々を招くまでになり、ついには外国との取引まで……っ!」
なんかエリーザがいきなり興奮気味に早口で語り始めた。ちょっと恐い。
「たしかに周囲からはそう見えるかもしれないが、あれでかなり苦労人なんだぞ」
「だからこそです。サンドラ様を敬愛する女性は結構多いのですよ。一目みたいという者も私の周囲には沢山います」
「なるほど。いつの間にかそんなことになってたですね。これは商売の臭いがするです。良いことを聞いたです」
ドーレスがそんなことをいいながら密かに目を輝かせた。サンドラの人気を商売に利用する気か。リーラが恐いぞ。
「アルマス様と仲良くなったことも含めて、聖竜領でのできごとは基本、サンドラ様のお手柄みたいに扱われるわけですから。イグリア帝国においてここ数年で一番の話題でしょうね」
「そうすると、こうもなるのか」
リリアの言葉に納得する。たしかにサンドラの年齢や外見と比較して非常に能力が高い。それに結果が加わると、素直に憧れる人々も出てくるというわけだ。
「人気者だな、と本人に伝えたらどんな顔をすると思う?」
ドーレスに聞くと、ドワーフの旅商人は少し思案してから口を開く。
「物凄く複雑な顔をした後、「悪いことじゃないならいいのよ」と言うと思うです」
きっと言いながら、軽く胃を抑えていることだろう。
「聖竜領とのお仕事が進めばサンドラ様と会う機会があると思うと、仕事に身が入ります。お爺様の治療に必要なものがあればご用意しますので言ってください」
なんだかんだで話題が元の場所に戻ってきた。
「必要なものと言ってもな。俺は医者じゃないから、治せる保証もない。とりあえず、魔法と薬草を試すだけだ」
急な話だから事前の準備もなにもない。相手が高齢であることを考えると、俺の手持ちの品で少し元気になるのを期待するくらいがいいところだろう。
「十分です。むしろ快く協力してくれたことに、サーフォ様共々感謝いたします」
揺れる馬車の中、エリーザは俺に対して何度目かの礼をした。
「気にしないでくれ。政敵と戦えとか言われるよりもいい。本気で政争に関わりそうなら、断っているところだ」
これは領主の依頼で関係者の老人の治療を試みるという仕事だ。たまたま、上手くいった場合に領主と対立勢力の双方に益があるという結果がついてくる。
面倒な工作をしないでいい、良い仕事と言えるだろう。
「一応、サンドラには、ことの次第を伝えておくが、構わないかな?」
「もちろんです。続けて朗報も送れることでしょう」
なぜだか自信を持ってエリーザがそんなことを言った。
まるで俺が確実に彼女の祖父を治療できるかのようだ。
「……俺は医者じゃないんだがな」
一番得意なのは戦闘。そんな魔法士だ。
「シュルビア様を治療したことが、帝国中に広まってるです。時間と一緒に話も大きくなってるですね」
俺の呟きが聞こえたのか、ドーレスがそっと教えてくれた。
困った、あの治療が上手くいったのは割と偶然なのだが。
こんなことならルゼも連れてくるべきだったろうか。あのエルフなら喜んで着いてきてくれただろうに。
俺が今更すぎる後悔をしていると、外を眺めていたリリアが、振り返った。
「そろそろ見えてきそうですね。温泉の町ベシー。私も初めてなので、楽しみです」
マイペースな発言をする建築士の言葉通り、窓から外を見ると、ゆるやかな山の斜面に沿って作られた町並みが見えてきた。温泉地だからか、宿らしい大きめの建物が比較的多い。
「到着した以上、全力は尽くすよ」
これがただの旅行だったなら、楽しかったかもな。そんなことを考えながら、エリーザに向かって、俺は一言そう伝えた。
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