第243話「なんか、途中から話の雲行きが怪しくなって来たな。」
サーフォの秘書、エリーザ。彼女はここに来るまで噂に聞いた、地域の重鎮のまとめ役の孫娘だ。
彼女が現在の地位に落ちついた流れとしてはこうだ。
まず、第一副帝即位の政変でロウニィ地方全域が混乱した。
その最中、本来の領主は第一副帝の政敵側につき失脚。直属の部下の一人である彼女の両親も責任を取って、他地域へと行くことになってしまった。
そこで出てきたのが半引退状態だった、エリーザの祖父である。
彼は政変に積極的に関わらなかった上、どちらかというと第一副帝寄りだった。つまるところ、親子でちょっと仲が悪かったらしい。
それに加えて、ロウニィ地方で急遽発生した人材不足もあり、エリーザの祖父は急遽現役復帰することになった。
本来なら政敵側に子供がついていた人物が要職につくのは難しいのだが、それだけ状況が逼迫していたのだろう。この人事は、喜ばれたらしい。
エリーザは高齢の祖父を支えるため、その秘書として仕事に就いた。政変当時はまだ若いながらも中立的な立場で両親と祖父の間を取り持っていたのも良かったらしい。
そこまでは良かった。赴任したサーフォとエリーザの祖父は上手くやり、何年かすればロウニィ地方は安定するのでは。そんな見方が主流になった。
その矢先、エリーザの祖父が倒れたのである。
原因は過労。疲れに加えて腰やら何やらが急速に悪化して、公務は難しいと判断されたらしい。半引退だったのは理由があったというわけだ。
エリーザは祖父の代理も兼ねて、サーフォの秘書として残留。祖父は復帰を約束して治療となったわけだが、まとめ役を失い、領内に不協和音が生じるようになってしまった。
以上が、領主と秘書それぞれから語られた、ロウニィ地方の事情である。
「多すぎる仕事は体を壊すし、皆に迷惑をかけるな。やはり適度は休憩は必要だ」
滞在用に用意された部屋の中で、俺はそう感想を口にした。
サーフォの用意してくれた部屋は広く、調度類も見るからに高そうなものが並んでいる。かなり気を使われている。聖竜領の人間が来るのを待っていたというのは本当なのだろう。
「ですです。働き過ぎはよくないです」
「気晴らしは大事ですねぇ。でも、今回は年齢も関係してる思いますが」
ドーレスとリリアを部屋に呼んで、今後の方針を話し合っているところである。
「年齢か……。エリーザの祖父。ヨセフと言ったな。もう七〇歳近いというしな」
人間としてはかなりの高齢である。激務に耐えきれなかったというのもわからないでもない。
「実際のところ、治療できるですか?」
「魔法と薬草で一時的に元気にすることはできると思う。ただ、若返るわけではないからな」
体の傷や痛みは治せても、加齢による衰えはどうしようもない。俺には聖竜様のような人間から眷属へと種族ごと変えるような力は与えられていない。
「前にサンドラ様が眷属印の薬草で体調を崩したと聞きますけど」
リリアが言っているのは開拓初期のことだ。俺の作る薬草は強力だが、多く接種するとそれで体調を崩すことがある。
「医者や薬草師による継続的な対応が必要になるな。一度、聖竜領に来てもらってユーグ辺りに薬草の使い方を教えてもらった方が良いかもしれない」
上手くことが進んだら、薬草研究のため来ているユーグにちょっと仕事を頼むとしよう。
「ともあれ、治療自体はする方針だ。……誰か来たな」
ドアの外の気配を感じて言うと、すぐにノックされた。
「エリーザです。少々、お話したいことがありまして、宜しいでしょうか?」
「構わないが。リリアとドーレスもいるぞ」
部屋に招き入れると、眼鏡の秘書はリリアとドーレスを見て安心したように息を吐いた。
「むしろ助かります。皆様にもう少々詳しい事情をお話しようと思いまして」
席に着いたエリーザは開口一番そう言った。
つまり、先ほどの打ち合わせの場では話せないようなことを伝えに来たということだ。
「詳しい事情ということは、俺達の知らない厄介を抱えているのか?」
その問いかけに、静かに頷くエリーザ。
「お爺様にまとめられていた重鎮達ですが、その、どうも、私を領主に担ぎ上げようとしているきらいがありまして……。お爺様が療養に入ってから、サーフォ様ではなく、私の指示に従っているというような態度を取るのです」
「従うなら、自分達のよく知る人物に……ということか」
わかる話だ。いきなりやってきたサーフォより、この地に根付いた人材であるエリーザを上に置きたいということだろう。
「私にそんな気持ちは全くないのです。そもそも、両親が反体制だったのに今の地位にいるのも不思議なくらいですから。それに、重鎮達のサーフォ様への態度も気に入りません。あからさまに私とサーフォ様を遠ざけようと仕事を増やしたりしますし……。一緒に買い物するだけで小言を言うんですよ」
なんか、途中から話の雲行きが怪しくなって来たな。政治から、家族の愚痴みたいになってる。
「貴方は重鎮達と昔から顔見知りなのか?」
「はい。子供の頃から孫のように可愛がってくれたのですが……」
今はそうでもないらしい。あくまでエリーザ本人的には。
「特に酷いのは私が秘書になってからです。私はサーフォ様のお近くで仕事ができて嬉しいというのに、妙に干渉して……」
彼女の事情を聞く内に、さすがに俺も察することができた。
これは、気に入らない男との交際を防ぐ家族みたいなものなのでは?
「アルマス様。すごい面倒くさそうな顔してるです」
「気持ちはわかりますけど……」
俺の表情を見たドーレスとリリアが小声で呟いた。わかってしまったか。
政治的な問題かと思ったら、家族の問題みたいだな。逆に大変じゃないかこれ。
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