第242話「ちょっと困る。あれはたまたま魔法具の異常に気づいただけで、俺に医者としての能力はないんだが。」
ロウニィ地方の領主サーフォは年齢30代半ばくらいに見える若い男性だった。
精悍な顔つきに短く切りそろえた黒髪。穏やかながら生真面目な性格といった印象だ。クアリアの領主スルホに似ているかもしれない。
そんな彼だが、明らかに疲れていた。表情が険しいし、歩き方や佇まいがどこか重苦しい。しっかり休めているのか、ちょっと心配になる。
「改めまして、ロウニィ地方の領主を仰せつかっている。サーフォと申します」
建物の外見と同じく荘厳な部屋の通された俺達に、洗練された動作でそう挨拶をしてくれた。彼の周りには秘書らしい女性と、護衛の兵士が二名。少し緊張感があるが、その気配は領主に向いている。体調を心配しているのだろうか。
「アルマスだ。聖竜様の眷属をしている。こちらは聖竜領の商人ドーレスと建築家のリリア」
俺の紹介に会わせて、二人がそれぞれ礼をする。
「リリア殿は存じております。以前、第一副帝様の元にいるのを拝見したことがありますので」
「あら、会ったことありましたか?」
「いえ、遠巻きに見たという程度でして。お気になさらず。さあ、くつろいでください。長旅お疲れでしょう」
相当な巨木をくりぬいて作られたらしい、重厚な木製のテーブルを挟んで話し合いが始まった。
「さっそくだが、これを渡しておこう。聖竜領の領主、サンドラ・エクセリオからの手紙だ。中身はこの地域との交流についてだと聞いている」
詳しいところは実際に会ってからになるだろう。今思ったんだが、道が悪いし、どちらの領主も忙しそうだから会うのはちょっと難しそうだな。
「では、失礼して……。なるほど、仰った通りの内容です。交流が始まれば双方にとって大きな利益となるでしょう。……実は、会うのを楽しみにしていたのです。北の山々から大きな音がしたという聞きましたので」
手紙に素速く目を通すと、嬉しそうに笑みを浮かべながらサーフォがそう言った。
音というのは先日、俺が山を動かして道を作った時のことだろう。
「騒がしくしてすまなかった。だが、あれで少しは南部との行き来がしやすくなったはずだ」
きっと聖竜領南部の開拓も加速するだろう。クアリア方面への街道開通はロウニィ地方全体にとっても良い影響があるはずだ。
……今思ったんだが、そうすると聖竜領全体が忙しい状態がしばらく続くなこれは。
開拓が一段落するまで忙しいのは仕方ないと思っていた。だが、南部がある程度形になる頃には人の行き来が増えて、普通に仕事が増えてるんじゃないか。主にサンドラのが。
そうなると、俺も無関係ではいられない。いや、無関係を決め込んで森でのんびり過ごしてもいいんだが、個人的にそれをやったら駄目な気がする。
まずいな、アイノが帰ってきて目標を失いつつある俺だが、忙しく働きたいわけではない。スローライフ……、最初の目標から遠ざかっているぞ。
「どうかしたのですか?」
急に思いついて冷や汗をかいていたら、サーフォが怪訝な顔で聞いてきた。
「聖竜領南部からの道が整備されればすぐに人の行き来がはじまる。少しは賑やかになるだろう、とな」
俺はどうにか心を立て直し、平静を装う。危なかった。戻ったらサンドラと話し合いの場を設けるとしよう。
「将来のためにも自分としても人手を出したいのですが……」
「統治の方が大変そうですねぇ。帝国中南部の他の地域と比べると、街道なんかの状態が良くなかったです」
横から口を出したのはリリアだった。彼女の方を見て、サーフォは頷く。
「さすがはリリア殿です。よくご存じだ。恥ずかしながら、治安維持が上手くいっていません。今後、人の移動が多くなることを考えると、これは大きな懸念事項なのです」
やはりこの話になるか。想像通り、彼にとっては悩みの種というわけだ。
「聖竜領近くの山の中なら色々と対応できるが、こちらから本格的に人を出すのは無理だと思う」
聖竜領は人の少ない小さな領地だ。兵士なんか出せない。クアリアからだって、そんな大量の人員は割けないだろう。
「さすがにそのような申し出をするつもりはありません。自分がご相談したいのは、アルマス殿の賢者としての力になります」
「珍しい話だな」
本当に珍しい。一応賢者扱いされてるが、実質は特殊な魔法士だからな、俺は。
「政治的な話でないならありがたい。俺にできそうなことなら力を貸そう」
そう言うと、サーフォはわかりやすいくらい表情を明るくした。
「アルマス殿は以前、現クアリア領主夫人のシュルビア様を治療したと聞きます。そのお力を頼れないかと」
ちょっと困る。あれはたまたま魔法具の異常に気づいただけで、俺に医者としての能力はないんだが。
「俺は医者じゃないから、あまり期待されても困るぞ」
「存じております。ですが、アルマス殿の作る薬草や魔法には素晴らしい効力があると聞きました。その力を頼りたいのです」
眷属印のハーブと薬草か。あれらが非常に効果が高いのはたしかだ。念のため、俺とドーレスでいくらか持って来てはいる。
「一体誰にそれを使えばいいんだ?」
俺が言うと、サーフォは隣に座る女性に目配せをした。
濃い茶色の髪を綺麗に切りそろえた女性は、静かに立ち上がると俺達に向かって一礼した。 眼鏡の似合う、落ちついた感じのする人だ。
「こちらは自分の秘書、エリーザです。彼女の祖父を診ていただきたい」
祖父とは? と思った俺に気づいたのだろう。エリーザは自ら口を開く。
「私の祖父はこの地域の重鎮のまとめ役をしていました。どうか、サーフォ様とこの地方のため、お力をお貸しください」
依頼は治療だが、やはり内容は政治がらみだった。
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