第241話「ぶっきらぼうな口調にそう返すと、守衛が目を見開き、辺りを何度か見回した。」

 レイネンストは大きな町だった。

 帝国中南部ロウニィ地方の中心地というだけのことはある。

 舗装された大通りは馬車が余裕をもってすれ違えるくらい広く、しっかり補修されており、町並みも中心に向かうほど背が高く装飾の多い建物が多い。


 いたるところにちょっとした広場が設けられていたり、噴水があったりと、人々の憩いの場が多いのは歴代の為政者の心構えが見えているようだった。


 良さそうな町だな。レイネンストに到着した俺の第一印象はそんなものだった。


「今更だが、帝国東部よりも賑やかな感じがするな。聖竜領に割と近いというのに」


 到着してすぐに領主の屋敷には向かわず、まずは休息を兼ねて取った宿の一室で、俺達は話し合いをしていた。

 時刻は昼過ぎ。一度ここで方針を決めておいて、それから町に繰り出す予定だ。


「なんだかんだいっても、帝国東部は田舎なのです。特にクアリア周辺は海と山に阻まれて他地域と交流を持ちにくかったんで、畑がひたすら広がる場所だったですね」


「町としてはそれなりでも、やはり田舎か……」


 人の行き来がなければ発展は難しい。むしろ、広大な農地を生かしてクアリアが頑張っていたということか。


「田舎でいいじゃないですかー。私好きですよ、聖竜領のあたり。のんびりできますし。今では北に南と色々と将来が楽しみな地域です」


「あまり賑やかになると困るんだがな。発展するのはクアリアに任せて、のんびりしたい」


「そこはサンドラ様の手腕に期待なのです。今のところ、良い感じにクアリアに人が流れてるですよ?」


「最終的にクアリアの出張所が聖竜領の屋敷よりも大きくなりそうだな」


 マノンの将来の仕事量が心配だ。なんというか、仕事の問題があるのは、いつまでもついてまわりそうだな。


「さて、先に話をまとめてから町に出るとしよう。聖竜様経由で情報が来た。この地域の重鎮のまとめ役にヨセフという人物がおり、それが二年前に病気で引退したそうだ。サーフォという新しい領主と共に仕事をした時間は数ヶ月とのことだ」


 地元の人々との信頼関係ができる前に重要人物が退場。いかにも話がこじれていきそうな状況だ。


「ヨセフさんですか……すいません、思い出せません。もしかしたら会ったことがあるかもしれないので、顔を見ればわかるかもしれないですが」


「もし、過去にリリアと会ったことがあれば、状況の好転が期待できるな」


 リリアは帝国中南部では顔が広いし人気者だという。昔から見た目も変わらないし、相手が見れば反応するかもしれない。僅かな可能性だが、期待しておこう。


「ここに来るまで町の様子を見ましたですが、特に荒れた感じもしませんです。後で商売しつつ最近のことを聞いておきますです」


「現地の噂話は大切だからな。気になったことはなんでも共有しよう」


「では、美味しいお酒や食べ物のこともお願いします」


「それはとても重要な情報なので宜しく頼む」


 真顔で言ってきたリリアに俺も真顔で返す。食べ物関係は聖竜様がとても喜ぶからな。ここで保存用の箱を追加購入して魔法をかけて沢山お土産を持ち帰るとしよう。


「聖竜領から入った情報はこれだけだが、明日にでも領主に会いにいこうと思う」


「承知しましたです」


「わかりました」


 俺の行動方針に二人とも異論はないようだった。

 ここに来るまでに聞いた話でも治安以外は安定、他の重鎮達との関係に不穏な気配はなさそうだった。

 ならば、聖竜領からの使いという立場があるのを生かして、出向いて現状をしっかり見た方が話が早いだろう。


「では、これからは自由時間にしようう」


 今後の方針が決まったところで、その場は解散になった。


○○○


 そして翌日、朝食を終えた後、俺達は領主の屋敷へ向かった。

 昨日は落ちついて町を歩くことができた。ただ、夜になるとかなり人が少し減ったので、不安になったリリアとドーレスが早めに宿に帰ってきていた。宿で聞いたところ、今は治安が悪いわけでもないが、政変中に色々あった名残だと言う。


「でっかいお屋敷です」


「ああ、クアリアよりも大きいな」


 レイネンストの領主の屋敷は、ちょっとした城だった。長くこの地域を治めてきた歴史を感じさせる佇まいだ。周りにある堀と跳ね橋が、その治世が穏やかな時代だけでなかったことを伝えてくる。


「……聖竜領からの使いだと言って信用して貰えるだろうか」


「だ、大丈夫ですっ。多分そのはずです……」


 なんだか急に不安になって来た。


「二人とも大丈夫ですよ。こういう時は堂々としているものです」


 リリアが笑顔で先に歩いて行く。なんだか頼りになるな。

 たしかに言うとおりだ。そもそも後ろ暗いところはないのだし。

 思い直した俺達もすぐ一緒に隣に並ぶ。

 

 すぐに門の前に到着し、軽装の鎧姿に槍を持った守衛が俺を見て言ってきた。


「どのような用件で?」


「聖竜領から来た者だ。領主のサンドラ・エクセリオからの書状をもっている。俺はアルマス・ウィフネン。聖竜様の眷属であり、聖竜領の賢者とも呼ばれている」


「…………!!」


 ぶっきらぼうな口調にそう返すと、守衛が目を見開き、辺りを何度か見回した。

 それから、近くにあった守衛用の建物に向かっていくと、慌てた様子で何人かが飛び出してきた。


「失礼しました。すぐに屋敷内にお取り次ぎします。少々お待ちを」


「いいのか? 突然の来訪なのだが」


 先ほどとは打って変わった口調で言われて俺も戸惑う。彼らの後ろでは門が開き、一人が慌てて中へ入っていった。


「近いうちに聖竜領の方が訪れるので、最優先でお通しするようにと言われておりますので。すぐに領主様がいらっしゃいます」


「領主が? いや、こちらから挨拶するつもりなんだが」


 いきなりな待遇に戸惑ううちに、城の方から五人ほどの人影が現れた。

 集団は早歩きで俺達の前に来る。


 先頭を歩くのは若い男性だ。仕立ての良い服を着ていることから、彼がサーフォという領主だと察せられた。


「はじめまして、聖竜領の賢者アルマス殿。領主のサーフォです」


 領主サーフォは迷うことなく俺の前にやってきて、晴れやかな笑顔で挨拶したあと、続けて言った。


「この日のことを待ちわびていました。さあ、中で共に詳しいお話を致しましょう」


 言われるまま、場内に誘われる俺達。

 思った以上に歓迎されているが、なんだか、これはこれで不安になるな。

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