第238話「聖竜領のエルフの森の族長が、涙目になっていた。」

 マーペラ村での二日ほどの滞在を終えた俺達は、すぐに聖竜領へと戻った。

 二日間、ルゼは医療行為、俺は魔物退治を行った。魔物については朝から晩まで山の中を走り回って目に付いたのを片っ端から退治したから、しばらくは安泰のはずだ。念のため、獣避けのポプリも渡しておいた。


 マーペラ村の村長にはとても感謝され、御礼も申し出てこられたがお断りした。俺達は聖竜領と同じように仕事をしただけだし、今回の活動は金銭を目的としたものではない。


  正直、打算的な言葉を言わせてもらえば、「聖竜領と付き合うといいことがあるよ」というアピールも兼ねている。これはサンドラの意志であり、俺も行動方針として賛成している。近隣との関係は良好であることにこしたことはないからな。


 その辺りの事情を踏まえた上で、見聞きしたものを伝えるべく、俺とルゼは領主の屋敷を訪れていた。


「二人ともお疲れ様。山越えでの移動を引き受けてくれてとても助かったわ」


 お茶の用意された応接で迎えたサンドラが、まずはそう俺達を労った。


「問題ない。なかなか興味深かったぞ」


「はい。私も同様です。おかげでまた聖竜領周辺の地図が大きくなりますね」


 予想していたのだろう。俺達の返答に軽く笑みを浮かべつつ頷いたサンドラが言う。


「中南部の情勢についてはお父様に聞いていたらけれど、大体正しいみたいね。第一副帝が即位する前後であった政変の影響があるみたい。戦いはなかったけれど、人の動きがあったから少し不安定なのよね」


「そのようだな。村も土地も貧しい印象はなかったが、治安が良くなさそうだった」


「村同士の行き来も減っているそうですよ。街道の整備が悪くなっているとかで」


 ルゼのいうとおり、マーペラ村から伸びる街道は砂利を敷いたものだった。しかも、雨の影響が残り、そこかしこで土が剥き出しになっている状態だ。


「どうする? 手出ししにくい場所ではあるが」


「今回くらいならアルマスとルゼは自分の仕事をしただけと言い張れるのだけれど、わたしが本格的になにかするには少し準備が必要だわ」


 癖毛に触れながら、サンドラは言葉を続ける。


「私とアルマスから第一副帝に手紙を出しましょうか。二人とも聖竜領南部への開拓について、どこまで干渉すべきか悩んでいる体で。お父様やクロード様へも話を通しておけば、上の方で何らかの動きがでると思うわ」


「権力者から動いてくれるのは頼もしいな。しかし、時間がかかるだろう?」


「あわせて、南部の地域。ロウニィ地方の領主にも手紙を出すわ。挨拶を兼ねたものだけれど、届く頃にはお父様が魔法具で連絡して手を回しててくれるはず」


「頼もしいことだ。こういう時には」


「本当にね」


 しみじみと頷く俺とサンドラ。ロウニィ地方の領主には速やかに何らかの話が届き、俺達が動きやすい状況が整うに違いない。


「お願いばかりで悪いのだけれど、またアルマスには南部に行ってもらいたいの」


「構わないぞ。俺が向こうに行く間に、色々とやってくれるんだろう?」


 その問いかけに、サンドラが申し訳なさそうな顔のまま頷いた。


「本当はマノンのような人がもう一人か二人いれば任せて終わりなのだけれどね」


「俺やサンドラが行った方が話が早いということもある。ここは任せてくれ。それで、同行者はどうするんだ? またルゼか?」


 横で静かに座っていたルゼが目を輝かせた。本当に出かけるのが大好きだな。本業は医師で族長なのに。


「情報収集や問題に対処できる必要もあるから、旅慣れていて、南部の事情にも詳しい人がいいわね。……ドーレスとリリアにお願いしようと思うわ」


「どちらも仕事があると思うが、大丈夫か?」


「大丈夫。南部との行き来はリリアの建築事業とも関係してるし見ておきたいはずなの」


 そういえば、道が出来たら南部から人や材料の輸送をすると言っていたな。今のうちに現地の人々に顔を通しておくのもいいかもしれない。


「ドーレスは旅慣れた商人だから情報集めに頼りになるな。連絡を密にできるよう、魔法具ももっていこう」


「お願いするわ。なにかあれば、アイノさんから聖竜様に伝えてもらうの」


「ああ、それでいい」


 俺とアイノは間に聖竜様を挟むことで会話ができる。場所を選ばないし時間もかからない最速の連絡手段だ。ただ、聖竜様を連絡にこき使うような形になるため、頻繁には使えない。

「わたしの方でドーレスとリリアへ連絡するから二人はゆっくり休んでちょうだい。トゥルーズに頼めば好きなものを作って貰えるから……どうしたのルゼ?」


 話の途中で驚いた口調になったサンドラに導かれるように隣のルゼを見てみた。


「うぅ……もう一回、おでかけしたかったです……」


 聖竜領のエルフの森の族長が、涙目になっていた。

 彼女にとっては残念だが、しっかり自分の仕事をしてもらうとしよう。

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