第237話「帰ったら聖竜様に供えよう。きっと喜ぶはずだ。」
思いがけない歓迎を受けた俺達はそのままマーペラ村の村長宅に案内された。
石壁があるとはいえ大きな村ではないので、村長の家といえど他より少し大きいくらいだ。聖竜領の領主の屋敷は特殊な経緯で用意されたものだから、こちらが普通といえる。
来客用とリビングを兼ねている部屋に通され、簡素な作りの椅子に腰掛けた俺達にお茶が用意された。
「改めまして、よくお越しくださいました。聖竜領のお二方。魔物退治をしてくださったことも含め、村を代表して御礼申し上げます」
そういって大げさな動作で礼をする村長。対する俺とルゼはちょっと戸惑い気味だ。
「歓迎されているようで良かった。魔物退治の方も余計かと思っていたんだが」
「とんでもありません! むしろ大変助かっているのです。最近は領主様の兵士もあまりこちらまで回って来ず、里近くまで魔物が降りてきておりまして」
「魔物退治の兵士が回ってこないのは死活問題ですね。大丈夫ですか?」
かなり心配した様子でルゼが聞く。里近くまで魔物が降りてくる場合、領主の出す兵士が討伐するのがイグリア帝国の決まりであり、統治者の義務となっている。
聖竜領では一応、マイアがその任についているし、必要に応じて俺やルゼなども手伝う手はずになっている。休暇でやってきた帝国五剣が暴れるので討伐の必要がなかったりするが、名目上はそうなっているのは確かだ。
武器の使い手や魔法士のいない村なら、大したことの無い魔物討伐でも大変な危険を伴う。ルゼの態度はもっともだ。
「以前はしっかりとしていたのですが、第一副帝様が即位するまでの政変で態勢が変わった影響のようです。新しくやってきた領主様が古くからの家臣と折り合いが悪いそうで……」
どうやら上の方で大きな人事面の変化があったようだな。聞いたところ、一番上の首だけすげ替えたという感じだろうか。それだと新しい領主は権力の掌握が大変そうだ。
「上には上の都合があるだろうが、困ったことだな」
「ただ、今の領主様も頑張ってくださっているようで、色々と気を使ってはくれるのです。しかし、実際に動く人々が……」
「まだ人がついてきていないか……。それで、俺達になにを望むんだ?」
「なにか、この地域の安定に繋がる手伝いを……と思うのですが……」
「……領地的な問題と俺の立場的な問題がある」
マーペラ村は第一副帝の領地にある、聖竜領は第二副帝。最上位者が違うので気軽に干渉して良いものではない。なにより、俺は聖竜様の眷属としてイグリア帝国に属しているものの、聖竜領以外で極端に治世に介入するのも問題になってしまう。
聖竜様と俺は政治とは適度な距離をとる。深く関わるのは聖竜領だけ。そのくらいの関係が望ましいだろう。
そうなるとサンドラを頼るのが筋なのだが、今度は先ほどの副帝の領地問題に行き当たる。サンドラは聡明だから上手い対応方法を思いつくだろうが、それを実行に移せる状況になるまで時間がかかるだろう。
「やはり……難しいのですね」
この場で即答できないような内容であることはわかっていたのだろう、村長は納得したように頷いた。
「こちらの事情まで想定しているとは、村長はなかなかの情報通だな」
「実は自分も数年前に町の方からここに来た口でしてな。年老いた両親が政変で疲れ果て、そこを引き継いだというわけです」
山奥の村長にしては色々と思い至るわけだ。彼のような人物が村長だったことは俺や聖竜領にとって幸いだったかもしれない。
「アルマス様。個人的に、多少なりともできることをとは思うのですが」
静かに話を聞いていたルゼが自分の荷物を見ながら言った。彼女は医者だ。ここでその活動をしてから帰るくらいは問題ないだろう。
そして、俺個人としてもできることはやっておきたいという思いがある。
まず、懐から一通の手紙を村長に差し出す。
「聖竜領の領主。サンドラ・エクセリオからの手紙だ。これから長い付き合いになるだろうから宜しく頼むといった、挨拶程度の内容だと聞いている」
「おお、これはご丁寧に……。読んだ上で返事を書かねばなりませぬな」
軽い内容のはずだが、手紙は意外と厚い。サンドラから何かしらの説明や相談があると聞いている。
「じっくり読んで、返事を書いてほしい。なんなら、二、三日かけてもいい。その間、俺は魔物退治でもさせて貰えると嬉しいんだが」
「よ、宜しいのですか? すでに働いた上で素材として頂いてしまっているのに」
村に来る前にとった魔物は予定通り寄付した。やはりそれなりの金額になるようで、結構感謝された。
「魔物を担いで山越えするわけにもいかないし。今、俺にできるのはそれくらいだ。この辺りの山の魔物が聖竜領に入る可能性もある。魔物退治の理由としては十分だろう」
「なんと。そう言って頂けると感謝するくらいしかできないのですが……。できる限りの歓迎と御礼は致します。魔物退治、お願いしても宜しいですか?」
「礼は将来、聖竜領とのやりとりで返してくれれば良い。歓迎は……そうだな、この辺りの名物料理でも用意してくれ。それと、保存のきくものもあると嬉しいな」
帰ったら聖竜様に供えよう。きっと喜ぶはずだ。
『うむ。アルマスよ。美味しいものがあったら魔法で保存して持ってくるように』
『承知致しました』
頭の中でいつも通りな聖竜様の声が響くのを聞きながら、俺は魔物退治、ルゼは医療行為と滞在中の行動について村長と話を進めるのだった。
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