第236話「良かった。話が通っていた。少しは情報収集ができそうだ。」
二日ほど山中を歩きながら、整地と探索と地図作成を繰り返した俺達は、ようやく山の向こう側に出た。
若干だが、聖竜領側よりも草木の丈が低くなった山を下るうちに、見晴らしの良い場所に出た。木々の隙間から見下ろす景色にあったのは、平地と村だ。
「時間はかかったが、予定通り見つかったな」
「はい。恐らくあれがマーペラ村です。規模と地形が一致しますね」
事前に入手していた周辺地図と現実の景色を慎重に照合しながらルゼが言った。
マーペラ村は周囲を石壁に囲われた、小さめの村だ。地形的に周辺が賑やかとはいえないが、周囲の平地が広いおかげで農地が確保できる。それゆえに、辺境の村にしては規模が大きい。
「さて、連絡無しでいきなり入って、村長に会わせてもらえるかな?」
「聖竜領から来たといえば無碍にはされないと思いますが。……信じてくれるなら」
俺もルゼも聖竜領周辺では顔を知られているが、それ以外の地域へはあまり出入りしていない。いや、帝国の一部重鎮にだけ顔を知られているという極端なところはあるか。
ともかく、いきなり山の向こうからエルフとローブを着た魔法士風の男が現れると不審に思われないか、ちょっと不安なのだった。
マーペラ村に立ち寄り、サンドラからの手紙や聖竜領について、そしてこれからについて軽く話しつつ挨拶する。ついでに周辺の情報も収集する。それが俺達の役割だ。
こういうのはこれまでサンドラやリーラがやってくれていた仕事である。情報収集の経験はあるが、あの二人ほど上手くはできない。
「マイアがいれば良かったかもな……」
「そうですね……」
元帝国五剣の直弟子であるマイアは、帝国各地でよく知られている。その上人気もあるらしく、こういう時は頼りになる。
その本人は春になるなり、帝都で開催される剣術大会に参加するため出張中。帰ってくるのは大分先になるとのこと。
「普通に堂々と挨拶しよう。多分、おかしな扱いは受けないだろうとサンドラに言われている」
「そ、そうですよね」
二人で意を決して山を下りようとした時、眷属としての感覚に引っかかるものがあった。
「すまない。少し周囲を探索させてくれ」
「…………」
俺の言葉に反応して、ルゼが即座に自分の弓を構えた。こういうところは流石は族長である。
杖を出して、周囲の様子を探ると、すぐに問題を発見した。今の聖竜領ではなかなかないが、かつて森を浄化している時は頻繁に得た感覚。
「近くに魔物がいるな。狩ってしまおう」
どうやら、この山には魔物がいるようだ。
○○○
そんなわけで、軽く魔物を狩ってみた。
山中の魔物といっても氷結山脈のそれと比べれば危険度は比べるべくもない。俺が探知してルゼの弓と協力することで、あっさり二匹の魔物を仕留めることができた。
「人里近くまで降りてきていたのは危険だからな。これは余計な手出しではないだろう」
「はい。放っておいて聖竜領側に来られても困りますしね」
中型の犬くらいの、細長い顔が特徴の魔物を見ながら俺達は話す。素速い動きに鋭い牙、背中の丈夫な体毛のおかげ戦う術がない人々にとっては少し厄介なやつだ。
「この魔物、土産代わりにもっていったら喜ばれるだろうか?」
「市場などでそこそこの価格で取引されていますからね。ここに埋めるよりも有用かと」
ルゼとの話し合いの末、魔物はこれから訪れるマーペラ村への手土産になることが決定した。
「一応、周辺の治安にも貢献したことだし、歓迎されるといいな……」
「やっぱり少し不安ですね……」
ここ数年、未知の相手と事前情報無しでの遭遇をしていない俺達は、若干の不安を覚えながら、狩った魔物をもって村の城壁へと向かった。
そして、マーペラ村の城門に到着。見張りに座っていた若者に魔物と一緒に俺達の名前を告げた。
「おお、なんと! まさか噂の聖竜領の方々が来られるとは! ついに! ついにというところです。感激ですぞ!」
なんだかちょっとした騒ぎになり、いきなり村長が出てきて凄い勢いで歓迎してくれた。
「……俺はアルマス、こちらのエルフはルゼ。聖竜領の人間だ。なんなら他に確認をとって貰ってもいい」
凄い笑顔と共に求められた握手に応じつつ、少し気圧され気味に俺はそう挨拶をする。
「まさか。疑う余地はございません。一昨日から山鳴りが聞こえておりましたし、聖竜領に行った旅人からの話とも見た目が一致。なにより、このイグリア帝国で聖竜領の賢者様に扮する不届き者はいませんでしょうから」
初老くらいの白髪が目立つ、逞しい体つきをした村長は胸を張ってそう言い切った。
「…………俺の評判はどうなっているんだ」
「アルマス様も有名みたいですね。しかし、こんなにも喜ばれるとは思っていませんでしたが……」
「このマーペラ村に聖竜領へ感謝しない者はいませんよ。数年前からこの辺りの川が落ち着き、畑にも元気が戻ってきているのです。これはきっと聖竜領で起きている数々の不思議なことの影響に違いないと、そう思っているのです」
いくつもの山を挟んでいるが、この辺りに聖竜領からの水が大量に流れ込んでいるのは確かだ。聖竜様と俺やハリアの影響を受けた水が地下深くに染みこみ、周辺に影響を及ぼした可能性はそれなりにある。
「その辺りは、俺には断言しかねるな。この村の人々が頑張った成果かもしれない。とはいえ、歓迎してくれるのはとても嬉しい。聖竜領の領主からの手紙と、いくつかの話を持って来た」
そう言うと、村長は居住まいを正して、丁寧に礼をした。
「少しですが、承知しております。昨年、第一副帝様からこの地域に、聖竜領とのやり取りがあるだろうとお触れを頂いておりましたので」
良かった。話が通っていた。少しは情報収集ができそうだ。
俺がこっそり胸をなで下ろす目の前で、村長は再び頭を下げた。
「勝手ながらお願いがあります。どうか、我々に力を貸していただきたい!」
先ほどと違い、今度は勢いよく、それも深いお辞儀だった。
「とりあえず、話を聞かせてくれ。あと、魔物、引き取ってくれ」
ずっと足下に置いておいた魔物の死体を指さしながら、とりあえず俺はそう答えた。
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