第232話「来年にむけて、今度は俺もできるだけ協力しよう。」

 クレスト皇帝一行が聖竜領を去る日。俺達はハリアの発着場にいた。

 約束通り、クアリアまでハリアに空輸してもらうためだ。


 以前ドワーフ王国から帰った時に使った荷箱を更に補強したものが発着場に置かれており、あとは大きくなったハリアに取り付けて飛び上がるだけである。


「いやー、実に楽しかったわ。しかも帰りは空の旅だなんてね。これはまた来るのが楽しみになるわねー」


「空の移動は時間短縮になるので個人的に歓迎です。協力感謝する、アルマス殿、サンドラ」


 胸にハリアを抱いた皇帝とヘレウスがそれぞれ言葉を口にする。

 なんだかここで別れるような話しぶりだが、俺もサンドラもしっかりクアリアまで同行する。安全のために。


「またお越しください、陛下。毎年変わり種をご用意できる自信はありませんが」


「もちろん。これ以上変わったことがあったらサンドラも困るだろうからね。来年は休暇と軽い視察かなー」


 軽い調子の皇帝の言葉を聞き、サンドラが小さく安堵の息を吐いた。よく見ると胃の辺りを抑えている。若いのに、色々と気苦労が多いことだ。


「ヘレウス、娘との時間を有効に使えたようだな」


「ああ、想定通り、仕事の話をしていれば順調だったよ」


 父親の方はいつも通り静かで澄ました態度だ。どこか満足げな雰囲気が漂っているのを見るに、満足いく成果があったのだろう。


「年に数日しか会えない娘だ。母親との思い出など語りきれないことも多いだろうが……」


「しまった、妻の話をすれば良かったのか」


 なにやら俺の想定と違う反応が返ってきた。てっきりサンドラの母の思い出話などをして親子の仲が深まったりしていたと思ったんだが。


「まさか、普通に仕事をして帰る感じなのか?」


「……その通りだ。娘が優秀なおかげでいつもより効率よく作業できてしまって良い気分になってしまった」


 仕事が有能なのは確かだが、それに夢中になるのは問題だな。いや、距離感を計りかねているらしいサンドラとしては有り難かったかもしれないが。


「…………なんとか切り抜けたわ」


 ふと横を見ると、複雑な顔で溜息をつきながら、サンドラが小声でそう言った。さてはわかっていて、仕事だけしていたな。


「また来年も来るんだろう。その時話せば良いと思うぞ。時間もあることだし。ほら、魔法具で手紙も出せるだろう」


「連絡を密にということだな。承知した。助言、感謝する」


 軽い気持で話したら、本気で感謝する反応が返ってきた。家族相手だと本当に相変わらずだ。


「サンドラ、父親になにか言うことはないのか?」


「この後クアリアまで一緒だもの。挨拶はその時にするわ」


 娘の方も父親そっくりの冷めた反応を返して来るが、当初の見るのも嫌とばかりの態度を思えば大分前進したというべきか。

 案外、二人はこのくらいの距離感が良いのかもしれない。


「皇帝 そろそろ しゅっぱつ だよ」


 そう言うと、クレスト皇帝に抱かれていたハリアが自主的に空に舞い上がり、その姿を巨大な水竜へと変化させていく。

 

「おおー。近くで見ると圧巻ねー」


「受け入れを許可したドワーフ王国はなかなかのものですね」


「ほんとほんと。度胸あるわー」


 見上げる二人はどこか他人事な感じでそんなことを言った。画策した当人だというのに。


「では、来客用の荷箱を取り付けたら出発する。空から直線だとクアリアは一時間くらいだ。短いが空の旅を楽しんでくれ」


 言いながら荷箱の入り口に歩いて行く俺に、皇帝達が続く。

 ドアを開けて、皇帝と護衛の者達を室内へと迎え入れる。

 サンドラを見れば、見送りに来た聖竜領の面々に指示を出していた。


「仕事熱心な娘で頼もしいが心配になる。アルマス殿、すまないが見守ってやってくれ」


 俺の隣で娘を見守っていたヘレウスがそう言うと小さく頭を下げた。


「もちろんだ。俺も彼女が元気じゃないと困るからな」


「感謝する。妹君のことで困ったことがあれば、遠慮無く言って欲しい」


 そんな言葉を残して、ヘレウスも荷箱の中に入っていった。

 どうせなら、こういう本心を娘にも話してやればいいのに。


 そう思いつつ、俺は最後まで残っていたサンドラ主従に声をかけて、荷箱に乗り込んだ。


 ○○○


 皇帝一行を無事にクアリアに送り届けた俺達は、そのまま聖竜領まで往復した。地形を無視できるハリアの移動は本当に早い。半日もかからず領主の屋敷へ帰宅できた。


 帰宅したその足で、俺は気になっていた人物の様子を見にいってみた。

 行き先は厨房。そこにはこの冬に向けて色々と準備していた人物がいる。


「お疲れさま、トゥルーズ。今年は……どうしたんだ?」


 厨房に入ると、室内の机に突っ伏しているトゥルーズがいた。

 非常に珍しい光景である。


「皇帝の評価で落ち込んでいるのか?」


 トゥルーズは自らの料理を皇帝に認めてもらうべく、色々と頑張っていた。今年用意したのはエルフの伝統料理と聖竜領の食材を組み合わせた素朴な料理だ。何度か一緒に食べたが、皇帝の反応はそう悪いものでは無かったように見えたのだが。


「今年は去年より良かったと褒められた……。でも、『美味しい』の一言は引き出せなかった……」


「昨年よりも評価が上がってるじゃないか。なにを落ち込むんだ」


 見た感じ、今年の方が精神的に参っているように見えるのが気になる。


「……ダメ出しされた。懐かしいけれど、自分の生まれ故郷の方と味付けが違うって。その後、イグリア帝国内のエルフ料理の違いについて説明までしてくれた」


 皇帝は色んな種族の混血だが、生まれはエルフ。しかも旅人。そちらの知識はトゥルーズ以上だったということか。

 万全と思っていたところへのダメ出しは応えたことだろう。


「情報収集が必要だな。良ければヘレウスに皇帝の好みを聞いておこうか?」


「……最初からそうすべきだった。私は自分の腕に奢っていた」


 俺の提案を聞いて、トゥルーズは更に肩を落としてしまった。

 来年にむけて、今度は俺もできるだけ協力しよう。

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