第231話「唐突な宣言だが、サンドラもヘレウスも驚いた様子は無い。」

 期間が短くとも、色々と仕事をこなした後だと久しぶりの自宅だと感じるものだ。

 皇帝を伴って領主の屋敷へ帰った俺は廊下を歩きながらそんな感慨に耽っていた。


 外は寒いが、念入りに暖房魔法を施した屋敷内は快適だ。考えてみれば、南部は建物があったからいいが、この時期の氷結山脈の狩りは正気でやることではない気がする。


 視察を終えて来た皇帝とアイノは休憩中。俺も久しぶりの自由時間を手に入れた。

 そんなわけで、気になっていたサンドラの様子を見にいくことにした。

 皇帝が来て以来、彼女はずっと父親と一緒のはずだ。父としては待ち望んだ時間だが、サンドラにしてみると何ともいえない気持ちでいることだろう。

 

 喧嘩でもしていなければいいがと考えながら、執務室の前に到着した。

 さて、中はどうなっているだろうか。和やかな雰囲気というのは難しい気がするが。


「お父様、そんな予算持ってくるのは無理だと言っているでしょう」


「やりようはある。皇帝陛下と私の名前を使ってもいい」


「それでお金が入ってきても人がいないわ。この辺り、クアリア以外はかなりの田舎なのは知っているでしょう?」


「当然、帝国東部の人口は概ね頭に入っている。お前ほどではないがな。そして、人なら東都から連れてくればいい」


「それがどれだけ大変なことかわかって言ってるのよね?」


「サンドラ、お前なら可能だ。人脈も能力も十分、あとは経験だけだ」


「……今の人員だけでは難しいわ。準備の手間が大きすぎるの」


「だが、人が増えれば仕事が早く片付くのも事実だ」


「…………お父様、力を貸して」


「わかった」


 どうやら、上手くやっているらしい。それなりに仕事の話ができている。


「二人とも、仲良くやっているようだな」


 安心して、ノックした後に室内に入ると、サンドラとヘレウスが同時にこちらを見た。外見は違うが、雰囲気はよく似ている。娘の方は少しやさぐれた感じになっているが、きっと思春期とかも関係しているのだろう。


「アルマス殿。このような時間を作ってもらい、感謝している」


「気にすることはない。俺もおかげで妹と一緒に過ごせているからな」


「……アルマス、今、様子を見てから入ってきたわね?」


「仕事の話をしているようだったので、気を使っただけだ」


 もっと早く登場しろと言いたげなサンドラにそう返すと、彼女は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。父親と一緒にいるのが苦手なのは変わらないようだ。リーラも気を使って静かになるしな。


「皇帝陛下はどのようなご様子だった?」


「氷結山脈で暴れて、南部を歩き回って満足気だよ。今は休養している」


「ならば心配は無用だろう。聖竜領は安泰だ」


 俺の短い返事でだいたい察したらしい。さすがだ。


「アイノさん、皇帝陛下と一緒で疲れたでしょうね。平気かしら?」


「そちらも現在休養中だ。さすがに緊張したようだ」


「すまないが、我々が去るまで続くことになるだろう。なにかしかの形で報酬は返ってくるので宜しく頼む」


「わかった。そちらも娘との時間を楽しんでくれ」


「感謝する。アルマス殿」


「………………」


 俺とヘレウスがそんなやり取りをする横で、サンドラがなんとも言えない顔をした。いいじゃないか、年に数日しか会えない父親なんだから、今くらい仲良くしても。


「皆様、お茶のご用意を致しましょうか?」


 ずっと黙っていたリーラがそう発言すると、全員がそれぞれの言葉で好みのお茶を頼むのだった。

 リーラが見たことのない穏やかな顔をしているのが印象的だった。


○○○


 その日の夜、屋敷における皇帝の夕食に、俺とアイノも招かれた。

 テーブルに運ばれて来るのは豪華さはないが品良くまとまった料理の数々。エルフ料理と帝国東部の料理が混ざった変わり種が多い。これは聖竜領の料理だ。作った人物は、言うまでもない。


 ここ数日の同行でクレスト皇帝に少しは慣れたのか、アイノも落ちついた様子だ。サンドラ達親子も含めて滞在中の思い出などを語り合い、穏やかな雰囲気だ。


「んー。実に楽しかったわ。余、満足満足。それでさ、一つ思ったんだけれど。アイノさん、帝都に来ない?」


 最後に出てきた焼き菓子を食べながら、皇帝が気軽に言った。


「……えっと、その、私はまだ目覚めたばかりで……」


「まだ聖竜領の外に出るのは早いと思うのだが」


 いきなりの勧誘だが、俺は落ちついて返答した。これは予想済みだ。皇帝なりにアイノを気に入ったようなのは気づいていたからな。


「まー。そうなるわよね。賢者アルマス、妹さんは貴重な人材よ。色々な可能性に溢れてる。なにより、貴方みたいに既に出来上がってないのがいい。これから鍛え放題じゃない!」


 勢いよく言いながら、飲んでいた紅茶のカップを丁寧に置く皇帝。


「なるほどな。自分好みの人材が欲しいということか?」


「んー、ちょっと違うかな。部下が欲しいわけじゃないのよね。どのくらいのものになるか見たいのよね。余は一応、剣とか魔法とか使えるし、弟子とかとることもあるからね?」


 もしかして、本当にアイノを気に入っただけなのだろうか。


「……個人的にはすぐには返答が難しいな」


 皇帝の庇護の下といえど、知り合いが一人もいない帝都にアイノを向かわせるのは心配だ。せめて、聖竜領の外に安心して出せるくらいになってからにしたいのだが。

 色々と考え込む俺の横で、動きがあった。


「私は、もう少し兄さんと一緒にいたいです」


 アイノだった。はっきりとした口調と真っ直ぐな目線を皇帝に向けている。

 本当に久しぶりに見る、いつものアイノだ。俺の知る、『嵐の時代』を元気に生きている時の姿が戻ってきたようだった。


「なるほどねー。ま、久しぶりの兄妹の再会に水を差すつもりはないわ。アイノちゃんが落ちついたら選択肢の一つに含めなさい。なんなら「皇帝陛下から誘いがある」って言って面倒なのを追い払っていいわよ」


「なんでそこまでしてくれるんだ?」


「気に入ったからよ。色々できるようになって、余が皇帝をやめたら一緒に旅して欲しいなって思ったの。面白そうだから」


「旅ですか?」


「そ、いつになるかわからないけれどね。皇帝の後はまた旅人に戻るつもり」


 唐突な宣言だが、サンドラもヘレウスも驚いた様子は無い。多分、聞いたことのある話なんだろう。慌てないと言うことは、何十年も先の予定なのかもしれない。


「それも楽しそうですね。私、強くなります。兄さんみたいに」


 アイノがそう言うと、皇帝は満面の笑みで頷いた。


 案外早く、妹は俺のところから離れていくかもしれないな。

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