第230話「誰でも最初は初心者だ。ここで経験を積んでいけば良い。」

 休憩を終えてリリアの事務所の中に入ったら、急に仕事の話が始まった。いや、これまでの視察も仕事だったのだが、机の上に図面を広げて、あれこれ打ち合わせを始めたので仕事感が強い。


「こちらが現状、まだ先は長いってところですね」


「いつもより作業が早いわね。ゴーレムとかのおかげってこと?」


「それだけじゃないですね。ここ数年で組織改革があったクアリアの職人組合。それに伴って整備された輸送網。聖竜領周辺になるとレール馬車と水運と空輸までできる。なかなか刺激的です」


「よいよい。そのまま順調に進めちゃってー。ドワーフ王国との話がまとまったおかげで、予算出しやすくなってるしね。ただ、リリアは余裕ができると凝り出すからそこは気を付けて」


「面目ない。気を付けます」


 室内にあるのは巨大な会議用の机。それと比べて簡素な椅子が数脚だけという簡単すぎる事務所で、皇帝とリリアが別荘地の話をしていた。

 今後の計画についての打ち合わせといっても軽い感じで、たまに出る金額面の数字が凄いことを除けば空気は和やかと言える。

 横のアイノは机の上に並べられた沢山の図面を興味深げに覗き込んでいた。そういえば、南部にしっかりとくるのは初めてだな。リリアとはたまに会ってはいたはずだが。


「そんなわけで、この冬の間にもうちょっと計画を詰めておきます」


「うん、わかった。そうだ、賢者アルマス。春になったら帝国南部からの移住者の話が本格化すると思うのよね。話に聞いた地形操作で南の方の山道広げられないかしら?」


 前に第一副帝が来た際にまとまった話だ。その件についてはサンドラや聖竜様と検討済みである。


「聖竜領とクアリアのように大きく動かすのは難しいな。小さな地形操作を繰り返して、歩きやすくできないかやってみようと思う」


 正常な地に手を入れると災害や魔物発生の原因になることがある。それがあって南部はあまり手出ししていなかったのだが、少し詳しく見てみるということになっている。


「しっかりとした道を作るならゴーレムを投入するとか、色々と作業が必要になるな」


「賢者アルマスが視察した後に街道工事する感じね。せっかくだから、聖竜領内のレール馬車も伸ばしちゃいましょ。ヘレウスに話して良さそうだったら、手配が行くわ」


 さすがは最高権力者、決断が早い。一応、側近に相談してからと一段挟むのは性格なのだろう。


「では、そのようにしておこう」


 アイノの方も落ちついているし、冬の間に南部の山へ確認に行くのもいいな。冬の間の仕事量が来春以降に楽ができるかに関わってきそうだ。

 その後、いくつかの事項を確認すると、クレスト皇帝は厳かに宣言した。


「よし、打ち合わせ終わり! 休憩するわよ!」


 そういうことになった。


 ○○○


 冬だというのに、皇帝が休憩で望んだのは湖に小舟を浮かべることだった。建築現場には輸送に使った後、色々便利に使っている小舟が複数ある。

 そのうちの一つを岸近くに浮かべて、クレスト皇帝はご満悦だった。


「うーん。まったりしてていいわねー。このまま釣りでもしちゃおうかしら?」


「皇帝 あんまりいると かぜ ひいちゃうよ」


「着込んでるし、魔法具の暖房も持ち込んでるから平気よー」


 冬の湖面は吹いてくる風も冷たいというのにまるで気にした様子もなく楽しんでいる。携帯用の魔法具の暖房というのはちょっと興味あるな。


 俺含めた皇帝同行の面々はというと、それぞれが近くで休んでいた。リリアは仕事の話をして火が付いたのか事務所に籠もり、側近は近くの舟で念のため待機。俺とアイノは湖岸から見物だ。


「移動が重なったが疲れていないか、アイノ?」


「平気よ兄さん。想像してたけれど、思った以上に体が元気みたい」


「元気なことはいいことだ」


 氷結山脈で魔物狩りをしたあと開拓途上の南部への移動。元気の一言で済ませていいのかと自分でも少し思ったが、ここは良しとしておく。体調を崩すより全然良い。


「すまないな。こちらの都合で同行させて」


「そんなことないわ。色々なお話が聞けて楽しかった。……最初は緊張したけれどね」


「そうだな。俺も少し緊張していた」


 あの皇帝は次の行動が読めないところがある。少し警戒していたが杞憂だったようだ。


「あ、あの魔法陣。ゴーレムへの魔力供給用よね」


 周囲を見ていたアイノが、建物群の中に設置された魔法陣に気づいた。


「その通り。俺が離れた場所に魔力を供給するための魔法陣だな。ここから聖竜領内へ魔力を送ってゴーレムを起動したりする」


 忙しい時、俺は領内のどこにいるかわからない。そんなわけでこの手の魔法陣は各所にあったりする。

 ふと、思いつくことがあった。


「アイノ、できそうだったら魔法陣に魔力を流し込んでみるといい。多分、できるはずだ」

 

 この魔法陣は実質俺専用。六大竜に連なる特殊な魔力を持たなければ真価を発揮できないものなのだが、存在が近いアイノなら使いこなせるかもしれない。


「勝手にやっていいのかしら? 向こう側に迷惑がかかったりしない?」


「平気だよ。今は魔法陣の繋がる先には何も設定されていない。少量の魔力を流してもそのまま霧散するだけだ」


「じゃあ、ちょっとだけ」


 魔法の教育を受けている関係か、魔法陣に興味があるのだろう。アイノはすぐに了承して立ち上がった。俺も一緒に立ち上がり、共に魔法陣の前に立つ。


「陣の上で手をかざして魔力を流すんだ。基本は魔法を使うときと同じだな」


「こうかしら?」

 

 そう言いながらアイノが細い手をかざすと、その指先に淡い光が灯った。俺や聖竜様と同質の持続する魔力だ。それが魔法陣を稼働させ、向こう側に流れていくのを感じる。


「うん。いいみたいだ。これは助かるな。そのうちアイノに仕事を手伝って貰えそうだ」


「兄さんみたいに上手くできる自信はないけれど……」


「自信はおいおい身につけていけばいいさ」


 誰でも最初は初心者だ。ここで経験を積んでいけば良い。しかし、これは本当に助かるかもしれない。忙しい時期は魔法陣に魔力を注ぐ仕事が詰まっているからな。

 

 仕事環境に変化の予感を感じていると、こちらに向く気配があることに気づいた。

 気配の元を辿ると、それは湖面から来ている。

 舟の上にいるクレスト皇帝が、実に楽しそうにこちらを眺めていたのである。


 あれはなにか考えている顔だ。

 そろそろ、アイノに対して考えていることを直接聞いてみようか。そんな思考が俺の頭の中に浮かんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る