第229話「聖竜様が割と無茶な要求を遠慮がちに言ってきた。」

 俺の皇帝に対する疑念とは裏腹に仕事は順調に進んだ。往路復路含めて三日ほどかけて氷結山脈で暴れた後、溜まった執務をこなし、再び視察へ。

 今度の行き先は南部だ。一年かけて建設作業を行った別荘地がどうなってるか、皇帝自ら確認というわけである。


「一年かけて色々造成して、こんなもんです。陛下」


「こんなもんね。また気長な話になりそうだわ」


 目の前に広がる景色を見ながら、腕組みした皇帝が満足気に頷いた。

 それを見た責任者であるリリアもまた、満足そうだ。


 建築現場はそれなりに景色を変えつつあった。ハリアのいる湖は湖岸が整えられつつあり、周辺の地面もこれから作られる区画の形に仕切られている。

 まだ固めただけの地面や石を敷き詰めただけの殺風景な景色ではあるが、将来的には帝国中から石材を集め、湖岸や道などが綺麗に整えられ、噴水や公園が設けられる予定だ。


「きれいに なったね。にぎやかに なるかな?」


「賑やかになるよー。いや、人で一杯の大都会にはならないけど、そこそこ人がいる場所にしたいかなー。ところでハリア君。帝都に来てみない?」


「ハリアのしごとは ここのかんりだよ」


 ハリアを胸に抱きながらさりげなく勧誘する皇帝。抜け目ない人である。今後もことあるごとに帝都に連れ帰ろうとするに違いない。


「ハリアは聖竜領で空輸の仕事もあるから駄目だな。というか、ドワーフ王国との交易が本格化したら帝都に行く余裕なんて本当になくなるんじゃないか?」


「そこはそれよ。ドワーフ王国から聖竜領経由で帝都まで飛んで貰う経路を作ればいいのよ。国境越えて飛べるんだから、国内のどこでハリア君が着陸しようともう文句は言わせないわ!」


 まさか皇帝、最初からそれが狙いでドワーフ王国との交易を考えたのか? たしかにその通りではあるが。


「安心してください、アルマス様。陛下も最初からそこまで考えてたわけじゃないですよ。ヘレウスさんの入れ知恵かも」


「うっ。半分当たりってとこよ、リリア。ともかく、悪いようにはしないわ。ハリア君が帝国内を自由に飛べれば、ここの人達の移動が早くなるでしょ。賢者アルマスにとっても悪い話じゃないはずよ」


 リリアの一言に微妙な顔をしつつ、再び得意げになる皇帝。


「……そうかもしれんな」


 将来、アイノが聖竜領を出て行った場合も、ハリアに頼めばすぐに会いに行けるというのは悪いことではない。それに、平和な時代の国内旅行を楽しむという手もある。


「なんだかハリアが働きっぱなしになりそうで心配になるんだが」


「ハリア 休みはちゃんと ようきゅうするよ」


「そこも含めて時期が来たらちゃんと話そうじゃない。なんなら、ハリア君みたいのがもう何人か来てくれてもいいわ」


 竜が国内を飛び回る国というのは凄いんだか治安が心配になるんだかわからないな。皇帝は平気な顔をしているが、ヘレウス始め部下は困っていそうだ。


 ちなみにそのヘレウスと娘のサンドラは今日も屋敷で仕事である。どうも皇帝の分も書類仕事をしているようで、時折親子で言い合っているのが聞こえてくる。仲良くできているようでなによりだ。


「みなさん、立ち話もなんですから、私の事務所にいきましょう」


「あら、リリアが自分の仕事場に招いてくれるなんて珍しい」


「土地が広いし予算が沢山ありますから。組み立て小屋を複数貰って、生活用、仕事用、来客用に分けてるんですよ。おかげで助かってます」


「……相変わらずやりたい放題ね」


「問題ないだろう。作業員がいない時期なんか実質唯一の住民みたいなものだし」


 多分、確保した小屋も先を見越して多めに作った分の有効利用だ。冬場にルゼやマイアが来たら泊まるなど、色々使い道があるので悪くない。


「賢者アルマスが問題ないならいいわね。じゃあ、少しゆっくりして今後のことを話しましょう。ハリア君、もうちょっと抱っこしてていい?」


「いいよ」


 ハリアを抱いたまま、クレスト皇帝はリリアに着いていった。


『むぅ。なんだかハリアの人気が羨ましいのう。ダニー・ダンがぬいぐるみを作って一儲けしようとしておるようじゃし。これはワシもなにか考えねば』


『なんで対抗しようとしてるんですか……』


 謎の嫉妬心を燃やす聖竜様をなだめながら、俺も彼女達についていくのだった。

 しかし聖竜様はそんな話をどこで仕入れたんだ。

 そう思った時、俺は横を歩くアイノの姿に目を留めた。


「聖竜様にハリアの商品のこと、話したりしたか?」


「うん。私も欲しいなって話したことがある。そうしたら聖竜様が『ワシにもそういうのが欲しいのう』って言ってた」


 わざわざ聖竜様の声真似をして、アイノが教えてくれた。俺の知らないところで、ちゃんと人間関係ができているようでなによりだ。

 

『のう、アルマス。ドーレス辺りに相談してワシの商品を考えてくれんかのう』


 妹の成長に密かに感動していると、聖竜様が割と無茶な要求を遠慮がちに言ってきた。

 もう地図に名前も載ってるし、お守りとかもあるというのに……。

 意外なところで俺は課題を抱えることになってしまった。ハリアのぬいぐるみを作るついでに聖竜様のも作ってもらおうか。


 そんなことを考えつつ、俺達はリリアの用意した事務所に入っていった。

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