第233話「結局、この後アイノとサンドラでお茶をしてもらって機嫌を直して貰った。」
皇帝が去って数日後、聖竜領に雪が降った。
屋敷の窓から見えるのは、ちらちらと舞う雪なんて可愛いものではなく、結構な勢いの降雪だ。間違いなく積もる。
「すごい降り方だけれど、大丈夫かしら?」
隣で窓の外を眺めていたアイノが心配そうに言った。彼女にとっては聖竜領で見る初めての雪だ。
「この地域はそれほど積もらないから大丈夫だよ。これで土木や建築の仕事ができなくなるから、皆も休む時間が増える」
雪が降り、気温がどんどん下がっていくと地面が凍り付いて土木工事をやりにくくなる。そもそも冬は外で活動するのに厳しい季節だ。忙しく働いていたスティーナ達も少しは休めるだろう。
「寒くなって、農地は春に向けての地面の手入れをしつつ、小休止だ。これから屋敷は賑やかになるぞ。農家の子供達が文字などを教わりに来るからな」
「ロイ先生から聞いたわ。ちゃんと住んでいる人達のことを考えていて、サンドラさんは立派ね」
「働き過ぎで周りから心配されているがな。アイノの鍛錬の時間も少し減るだろう。クアリアとの行き来はできるから、春以降の引っ越しの準備とか好きなものを買うとか、自分の身の回りを整えるといい」
「うん、そうさせてもらう。あ、ロイ先生とアリアさん」
言われて外を見てみれば、雪の降る中をアリアとロイ先生が歩いていた。二人とも外套を羽織っており、畑を見ながら何やら話している。なんとなくだが、以前より距離が近いように見えた。
「順調なようだ。あの二人の関係は周りも気にしていたから、何よりだな」
「リーラさんが言ってたわ。最近は部屋で一緒に仕事をしていることが多いって。二人とも良い人よね」
にこやかに外の二人を見ているアイノだが、俺はリーラの発言が気になる。そういえば、屋敷内には彼女配下のメイドが沢山いる。監視されてるようなものじゃないだろうかこれは。
「失礼致します」
そんなことを思っていると、ノックした上でリーラがやってきた。サンドラも一緒だ。
「どうしたんだ?」
「降雪がありましたので屋敷内の点検です。それと、お嬢様からアルマス様へお仕事の件です」
「これからもっと寒くなるし、農家の子供達も来るから暖房の魔法をどうするか相談させてほしいの。アイノさんも快適な方がいいだろうし」
そういうことか。サンドラの領民への配慮は本心だが、同時に自身が寒がりであることも無関係ではあるまい。
「わかった。アイノもいることだし、屋敷でいつも以上に快適に過ごせるようにしよう」
「頼もしいわ。……今年は少し時間ができそうだし、わたしも授業に参加できるかしら」
横に並んで窓の外を見ながら、サンドラがそんなことを呟く。
「サンドラも子供相手の教師をするんだが、領主ということもあって少し恐れられていてな。それを気にしているんだ」
「それは……大変ね」
怪訝な顔をしていたアイノに説明しておく。近くにいすぎて気にならないが、外から見たサンドラの評価は「危険な魔境に乗り込んで開拓した少女領主」だ。その上、父親が帝国有数の権力者で、周囲にも第二副帝やら近隣の有力者がいる。さらに、聖竜の眷属とかいうよくわからない存在とも親しい。
少し可哀想だが、恐れられても仕方が無いといえる。
「自分の立場は理解しているつもりなのだけれど、いざ前に立つと子供達が緊張しているのがわかるのはちょっと辛いのよね。悪いことをしているような気がして」
「変になれなれしくされるよりは良いかもしれないぞ。侮られると面倒だ」
「……今更だけど、領主って難しいわね。アイノさんも子供達が怯えてるように見えても気にしないでね」
「ええと、特にそんなこともなく仲良くさせて貰っているけれど」
「…………」
想定外の答えが返ってきたのか、サンドラが俺の方を無言で見てきた。視線だけで「どういうこと?」と言っている。
「マイアとの訓練や魔法の勉強の中で、領内のそこかしこに行くからな。顔見知りは増えているみたいだ。それに、メイド達ともよく話しているな」
現代の生活を勉強中とはいえ、元々アイノは他者との交流が苦手な人間ではない。事情を知る者が気遣ってくれているのもあって、自然と聖竜領内で人間関係ができているようなのだ。
「あの、仲が良いといっても、会ったら普通に挨拶したり、一緒にご飯を食べたりするだけなので」
「……アイノさんが上手く生活できているようで何よりなの」
複雑な胸中を覗かせながら、サンドラはどうにか笑顔でそんなことを言った。
「リーラ、どうかしたのか?」
こういう時、気の利いたことの一つも言いそうな戦闘メイドの方を見てみると、じっと窓の外を見つめていた。
その視線の先は、ロイ先生とアリアだ。
「ご存じですか。ロイ先生とアリアの二人がクアリアで目撃される回数が増えていることを」
「情報収集も結構だが、ほどほどにしないと怒られるぞ……」
どうも自分の興味を優先していたらしい。
「積極的に情報を集めているわけではありません。自然と入ってくるのです。それと、お嬢様が領民に畏怖されているのは現状程度なら良いと思っていますので」
「小さな領地なんだから、もう少し領民との距離が近くても良いと思っているのだけれど……」
理屈はわかるが自己正当化みたいなことを言いだした。横のサンドラはあきらめ顔だ。
ここは俺が上手くやろう。
「サンドラ、結果が出ているならいいんじゃないか?」
「兄さん、せめてもう少し言葉を選んだ方が……」
結局、この後アイノとサンドラでお茶をしてもらって機嫌を直して貰った。
窓の外では、しんしんと降る雪が目に見えて積もっていった。
この年の冬は、いつもより積雪が多く、静かな日々が続いたのだった。
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