第221話「『もう好きな店まであるんですね……』」

 クアリア領主の屋敷に泊まった翌朝。朝食後の朝の時間、アイノと共に出かける準備をしていたら部屋がノックされた。


「おはよう……。二人とも元気そうでなにより」


「久しぶりだな、トゥルーズ」


「お、おはようございます」


 入ってきたのはここで修行中のトゥルーズだった。ちょっとアイノの返事が緊張気味なのは面識が薄いからだ。


「昨日の夕食、美味しかった。気を使ってもらったみたいだな」


「あ、やっぱりトゥルーズさんだったんですね。ありがとうございます。聖竜領と同じものが用意されてたんで、少し落ちつきました」


「許可をくれたのはここの厨房の人達だから。私の手柄じゃないよ」


「では、厨房の面々に礼を言わないとな」


 後でアイノと一緒に顔を出すとしよう。何度も来ているから、ここの料理長とも顔見知りではある。


「それで、どうしたんだ?」


 時刻的には朝食後。厨房の仕事は一段落したものの、やることはまだあると思うんだが。


「アイノさんに、お願いがあって来た。あなたの故郷の料理を教えて欲しい」


 その言葉にアイノはとても驚いた。


「えっ。あ、あの、私が作れるのは普通の家庭料理ですし。とてもお屋敷で出すようなものでは……」


「それがいい。アイノさんが知っているのは四〇〇年以上前のレシピ。忘れられた味付け。それを知りたい」


 なるほどな。トゥルーズは今度やってくる皇帝相手への料理を研究している。クレスト皇帝は長生きなので、生半可な味では通用しない。そこで大昔の忘れられた味を加わえ、対策にしたいということだろう。


「アイノ、気にせず教えるといい。どう使うかはトゥルーズ次第だ。上手くすると、もっと美味しくする方法を編み出すかも知れないぞ」


 妹の料理というだけで有り難いのに、さらに上達する可能性があるとは。これは俺にとっても良い話だ。


「兄さんがそういうなら。あの、何度も言いますけど、あまり期待しないでくださいね?」


「ありがとう。料理の知識が深まるだけでも嬉しい」


 穏やかに微笑むと、トゥルーズは軽く一礼した。


「ところで、一つ気になるんだが。この話、俺には一度もしたことなかったよな」


 俺だって一応四〇〇年以上昔の人間だ。これまでにそういう話があっても良かったろうに。

「……アルマス様には料理の知識も技能も期待できないと思ったから」


 少し悩んだあと、トゥルーズのあまりにも正直な答えが来た。

 事実だ。実際、料理について聞かれても、俺はまともに答えられないだろう。


「兄さん、仕方ないわよ」


「そうだな……」


 予想通りの答えが返ってきて、俺は納得と共に密かに落ち込む。優しく気遣ってくれるアイノがいてくれて本当に良かった。



○○○


 トゥルーズとの話を終えた後、俺とアイノは町に買い物に出かけた。

 行き先はダン商会クアリア支店。目的はアイノの日用品購入である。


「お久しぶりです。お二人とも、お元気そうでなによりですー」


 店に入るなり、ドーレスが元気に出迎えてくれた。

 ダン商会の店は盛況だ。聖竜領の特産品が並び、色々な人が買い物をしている。店舗の何カ所かに机と椅子が置かれ、そこで商談している姿も見える。

 少し人が増えたな。儲かっているようで何よりだ。


 ここには俺の作った物も卸している。アイノが復活した今、収入面が安定しているのは俺にとっても良いことである。


「ドーレスも元気そうで何よりだ。頼んだものはどうだ?」


「はい。準備していますですよー。こちらへどうぞー」


 そう言われ、俺達は別室へと案内された。

 移動先はちょっと大事な商談だとか、聖竜領の人間が何かする時に使われる小部屋だ。

 

「さしあたって、これだけ準備できてますです」


 室内には、新しい服や日用品、それと雑貨類が並べられていた。部屋の片隅に置かれた箱は、もともと入っていたものだろう。

 量としてはそれほど多くはない。服は三着、日用品も最低限だ。

 ここに来た目的は、アイノの日用品受け取りのためだ。なにぶん、物がなさすぎるので、最低限の日用品を揃えるようにドーレスに頼んでおいたのである。


「いいものを見つけてくれたな」


 服の内の一つ。地味な色の作業着を見ながら言う。動きやすそうな素材に、間接部に皮の補強が入っている良いものだ。

 これは俺が頼んだもので、戦闘訓練をすることになったアイノ用にと急いで探して貰った。

「アイノ様の好みがわからなかったので、サイズが合う上で無難なものを選びましたが。よろしかったですか?」


「はい。……兄さん、いいの?」


 並んだ服を見ながらアイノが遠慮がちに言う。気遣いしつつ、目は輝いている。なんだかんだで、新しい服などが嬉しいのだろう。


「勿論だよ。立場的に、アイノの保護者は俺だからだな。必要な物は全部揃える」


「遠慮することないですよー。アルマス様、物凄く稼いでますですから」


「そうなんだ……」


 そう言いつつも、並んだ品物をじっくりと見るアイノ。良い光景だ。この後も街に出て色々買うことにしよう。


「これは生活に必要な最低限分だ。せっかく街に来たんだし、欲しいものがあったら言ってくれ。ドーレスの言うとおり、金はある」


 聖竜領が出来て以来、俺の出費は殆どない。おかげで貯蓄は凄いことになっている。


「じゃあ、お願いしたいことがあるかな」


 ドーレスが気を利かせて用意したらしい装飾品を手に取りながら、アイノが俺の方を見て言う。


「聖竜様に御礼の品を買いたいの。こうして、無事に暮らせるようになったから」


「……そうだな。街でなにか食べ物を買っていこう」


 危なかった。アイノの買い物ばかり考えていて、聖竜様への土産を忘れていた。


『のう、アルマス。ワシは甘いものを所望するぞい。店はじゃな……』


『もう好きな店まであるんですね……』


 思考を読んでいたのだろう。聖竜様が俺の脳内で細かい注文を始めたのだった。 

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