第220話「娘に対して最大限の助力をしつつ、良いところを見せる。それが彼の狙いだ。」

 クアリア領主夫妻との晩餐は、想像以上に穏やかに進んだ。

 参加した中でも緊張していたのはアイノだけだったというのはあるが、用意された料理が聖竜領で良く出てくるものだったためだ。

 マナーなどにこだわらない、普通の家庭料理。建物を見て警戒していたアイノにとっては見慣れたものが出てきたのでさぞ安心したことだろう。

 

「良かった。私、宮廷料理みたいのが出てくると思っていたもので……」


「そういったものが出てくる会は私達にとっても大変だから。このくらいがちょうど良いのよ」


 食事中、正直に語ったアイノにシュルビアがそう応じていた。

 多分、今夜のメニューを考えたのはトゥルーズだな。クアリアで修行中だし、俺とアイノについての状況をしっかり把握している。有り難いことだ。後で礼をしなければ。


 無事に食事を終えて、お茶の時間になると和やかな会話が始まった。

 特にシュルビアはアイノに会うことを楽しみにしていたらしく、色々と質問をしてくる。もちろん、過去の歴史についてではなく、個人的な好みなどについてだ。聞き所をわかってくれている。


「ところで、皇帝陛下がこちらに来る予定が決まったそうです」


 そう言って、話の流れを変えたのはスルホだった。

 皇帝という言葉にサンドラの表情が固まった。名前だけで硬直させるとは、さすがイグリア帝国最高権力者だ。


「いつくらいに来るのかしら?」


「雪が降って少ししたくらいになりそうだよ。今回は長く滞在できるよう、人を連れてきてクアリアに滞在させるらしい」


「長期滞在……。聖竜領とクアリアを行き来する感じなのかしら」


「お父様に手紙で聞いたのだけれど、今年こそストレス解消に氷結山脈で暴れたいと言っていたそうよ。そのための準備が必要かもね」


 シュルビアの言葉にサンドラが渋い顔をした。帝国五剣の一人とはいえ、皇帝自ら魔物狩りに向かうなんて気が気でないだろう。


「それには俺も同行しよう。マイアもいれば十分な護衛になるはずだ」


「……お願い。南部の様子も見るだろうし、陛下目当ての来客もあるだろうし、色々大変そうね」


 すでに頭の中で色々と想像しているのか、サンドラは疲れた顔をして言った。


「それについてなんだけれど、朗報? といってもいいことがあるよ」


「なんだか微妙な言い方だな」


 俺の指摘に、スルホが困った顔をしたまま答える。


「どうやら皇帝陛下にサンドラのお父上が同行するようだ。腹心だし、補佐ということだろうね。娘の様子見も兼ねてだと思うんだけれど」


「今聞いたのだけれど。どういうことかしら」


 スルホの言葉を遮るようにサンドラが言った。驚きと憮然、そんな感情が入り交じったような複雑な表情をしている。


「やっぱり、サンドラには知らせていなかったのね」


 シュルビアが困った顔をして言った。この反応は想定内らしい。

 そして、俺も一つの可能性に思い至った。


「なるほど。突然現れてサンドラを驚かせたかったんだな」


 サンドラの父ヘレウスは仕事では非常に優秀だが、家族のことになると極端に駄目になる。今回も娘のために行動しつつ、ちょっとした家庭向きの要素を加えてみた、そんなところだろう。


「アルマス様の想像通りかと思います」


「……なんでこういうことをするの。普通に連絡をくれれば喜ぶのに」


 俺の推測がリーラに肯定される横で、サンドラがぶつぶつと父親について愚痴を言っていた。


「あの、サンドラさんのお父さんって?」

 

 遠慮がちに質問したのはアイノだ。仕方ないとはいえ、完全に話の外にしてしまった。


「魔法伯という帝国の重要な地位についている。皇帝の信頼も厚い。恐らく、サンドラ一人に皇帝の相手をさせる負担を心配してついてくるんだろう」


 そういうと、アイノは軽く笑みを浮かべてサンドラに言う。


「良いお父様なんですね」


「……ええ、多分、そうなのだけれどね」


 とても複雑な表情をしつつ、癖毛を弄びながらサンドラが返事をした。


○○○


「え、そんなことがあったの。私、変なこと言っちゃった」


 夕食後、用意された部屋で俺はアイノにサンドラと父親について説明をしていた。ちなみに寝室はちゃんと別に用意されている。隣ではあるが。


「現代の社会事情は説明したが、聖竜領についてはまだ細かく教えていなかったからな。すまない、個人的な事情にも関わるから、説明しにくくてな」


「ううん。おかげでサンドラさん達が聖竜領に来た理由とか、一気にわかりやすくなったわ。でも、今は仲直りしてるみたいで本当に良かった」


 サンドラと父親、そして義母のあれこれについて話すことの許可は貰ってある。これで皇帝やヘレウスと接触したとき、話題にあがっても対応できるだろう。


「サンドラとしては複雑だろうが、彼が来てくれるのは有り難い。この国で皇帝の相手に最も慣れている人間の一人だろうからな」


「うん。それに長期滞在になるっていうし、サンドラさんと仲良くできるといいわね」


「ああ、そうだな」


 アイノは優しいな。さすが俺の妹だ。

 

 そして、今回のヘレウス来訪にはもう一つの意図があると見ている。彼は仕事をしていれば非常に優秀だ。故に、プライベートではなく、皇帝と共に仕事として聖竜領にやってくる今回は、その能力を存分に発揮できる。


 娘に対して最大限の助力をしつつ、良いところを見せる。それが彼の狙いだ。

 いきなり伝達方法に失敗しているが、悪くない作戦ではあると思う。家族相手だと途端に変なことをするからな、あの男は。それと、サンドラはしっかりその意図に気づいていると思うのだが、そこは大丈夫だろうか。


「皇帝といい、この冬も色々とありそうだな」


 アイノが皇帝についても聞きたそうにしているので、頭の中で話題を纏めながら、俺は思うところを口にするのだった。

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