第219話「どうにか言葉を絞り出す俺。前向きに明るく話すアイノ。そして自信満々に言うリーラ。」

 クアリア領主の館はとても広い。聖竜領のそれと比べるとちょっとした城といった感じだ

 その一室で俺達はゆっくりとした時間を過ごしていた。


 クアリアへ到着した後、出張所でマノンと打ち合わせ、その後ドーレスの経営する店の様子を見つつ、周辺で買い物をして現在という感じである。

 朝の移動から考えると、なかなか動いた一日だ。領主の館に入った頃には日も暮れていた


「ようやく一息というところだな。アイノ、疲れていないか?」


「大丈夫よ。賑やかな町を歩くの楽しかった。色んな物が売っているのね、この国は」


「平和な時代だからな。物資も潤沢だ。ゆっくり見て、色々と買うといい。俺の財布の心配はしないでいいぞ」


 アイノの日用品を買い出すのが目的だったんだが、中古の服を買ったくらいで殆ど荷物が増えなかった。遠慮しているのではなく、目移りしただけだといいのだが。


「アイノさん、アルマスはかなり貯蓄してるから本当に遠慮しない方がいいわ」


 疲れた様子で座っていたサンドラが笑みを浮かべながら言う。


「俺は本くらいしか買わないからな。アイノのために使うのが有意義というものだろう」


「じゃあ、兄さんとの生活で使えそうなものも選んじゃおうかな。また買い物にくるのよね?」


「アイノが望むならいつでもいいぞ」


 なんならハリアに運んで貰ってもいい。


「アルマスにお金の使い道ができたのは良いことね。夕食まで時間があるから、少し休みましょう」


「お嬢様、疲れがとれるお茶を用意致しましょうか」


 サンドラはこの後、領主夫妻との夕食の後、仕事の話がある。領主だから仕方ないとはいえ、朝から晩まで多忙だ。


「リーラ、俺の持って来た薬草とハーブがあるからそれを使ってくれ」


「承知致しました。ありがとうございます」


 一礼したリーラが荷物の方に向かっていく。

 アイノが疲れた時のために持参してきたものが役立ちそうで何よりだ。


「今度は領主様とお食事なのね。マノンさんとマルティナさんも凄い人だったし。なんだか、別世界でちょっと恐いわ。マナーとか自信ないんだけれど」


「気にすることはない。ここの夫妻は優しいし、そういうことを気にすることはないぞ」


 アイノが元々ただの町娘なのはスルホ達も承知している。その辺りで問題が生じることはないだろう。


「そういえば、アルマスは身分の高い人相手に物怖じしないし、立ち振る舞いもそれなりだったわね」


「俺は他国に潜入して工作することが多かったからな。不都合が生じないように一通り叩き込まれている。対人相手の緊張も色々あって慣れた結果だ」


「兄さんはとても優秀で魔法士の才能があったから、国の方で教育を施してくれてたものね」


 俺のいた国では庶民の子でも魔法が使えそうなら特別優遇される仕組みがあった。アイノの方はそれがなかったので感覚としては聖竜領の農家の者に近いだろう。


「アイノはこれから色々学んでいけばいい、それだけの話だ」


「そうね。そういえば、聖竜領にはメイドの学校ができるのよね」


「はい。春から建築する準備が整っています」


 話題が過去から現代に戻ったところで、お茶を淹れる準備をしてきたリーラが話に加わってきた。


「メイドの学校ですか?」


「イグリア帝国東部でメイド島並の教育が充実した学校を作るという計画です。数年で家事、調理、礼儀作法、教養、戦闘技術とあらゆる技能を備えた優秀なメイドが輩出されるようになるでしょう」


 それぞれのテーブル上にお茶を置きながら、リーラがすらすらと答える。


「それって、私でも頑張ればリーラさんみたいになれるってことですか?」


「アイノ様ならば最高位である戦闘メイドになれる可能性もあるかと」


 目を輝かせながら聞くアイノに、リーラがさらりと答えた。


「む……学校はいいが……メイドか……」


 メイド島、戦闘メイド、イグリア帝国で定着している謎の職業とその産地だ。国によって特色の一つ二つはあるものだし、得体が知れないで済ませられると思ったのでそのままだったのがいけなかったか。

 

 困った、なんの情報も持たないので異議すら申し立てられない。


「卒業してメイドになるかはともかく、あらゆる教育が高い水準で受けられるのは事実なのよね。卒業後は仕事先も用意してくれるし、人脈もできるの」


 何も言えない俺の補足とばかりに、サンドラが所感を述べてくれた。完璧な教育機関じゃないか、止める理由がない。その上、アイノが聖竜領から離れないでいいという利点まである。安全面まで配慮されているプランだ。


「……選択肢の一つとして、考えるのはありだな」


「そうだね。私、リーラさんや屋敷のメイドさんに色々聞いてみる」


「質問なら私やマルティナにいつでもどうぞ。なんでしたら、推薦状もご用意致します」


 どうにか言葉を絞り出す俺。前向きに明るく話すアイノ。そして自信満々に言うリーラ。


「先の事だから、ゆっくり検討しましょう。アルマスも考えることが増えて大変ね」


 それぞれの反応を見て面白かったのだろう。ハーブティーを飲んでいるサンドラが楽しそうに微笑みながらそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る