第218話「完璧な返答だった。サンドラが関わらなければ本当に能力の高いメイドだ。」

 冬の聖竜領において、忙しい場所の一つは外部からの客の受け入れ口である、クアリア出張所だ。都市部でも自由な時間が増える時期は、来客も増えるというわけである。


「レール馬車ができていて良かった。これは揺れが少ないからアイノが酔う心配が少ない」


「私、馬車は殆ど乗ったこと無いけど酔ったことなんてないよ?」


「レールがなくても、クアリアまでの街道は綺麗に整備されているので揺れは少ないのだけれどね」


 クアリアで仕事をするサンドラに同乗している俺とアイノである。日用品の買い出しと、勉強も兼ねての良い出かける機会というわけだ。

 遠回しに気を使いすぎだとサンドラに言われた俺だが、特に気にせず話を続ける。


「これから向かうクアリアは聖竜領にとっての生命線だ。人と物資だけでなく、色々な面で協力し合っている。この冬は料理人が修行に出ているしな」


「トゥルーズさんね。聖竜様に色々と聞いてるわ」


 得意げに言ったアイノに、俺は目を見張った。色々……だと。


「興味深いわね。どんな話か聞いて良いかしら?」


 サンドラが話に乗ってきた。隣のリーラは黙っているが、明らかに会話に集中している。


「兄さんが泣いて喜ぶくらい料理の上手な人だって。聖竜様もお気に入りみたい」


「泣いて喜ぶか……そんなこともあったな」


「懐かしいわね。あの時はびっくりしたわ」


「兄さん、家事とか全然できないから。サンドラさん達が来てくれて良かったわ」


 サンドラ達の来る前の生活。今となっては遠い昔のように感じる。考えてみると、この地で過ごした大半の時間は殆ど野生みたいな生活をしてたんだが、安定すると記憶も薄れるものだ。


「実際、トゥルーズの料理は美味しいからな。楽しみにしていることは否定しない」


「アイノさんと入れ違いでクアリアに行ってしまったのが残念ね」


「会えば何か作ってくれるだろう。今から楽しみだな」

 

 そんな風に世間話をしているうちにクアリアが近づいてきた。昔は歩いて数日かかっていたのが嘘のようだ。

 俺の横ではサンドラとアイノがにこやかに話を続けている。屋敷にいるおかげか、大分打ち解けてきたようだ。


「屋敷の人は迷惑をかけていないかしら? なにかあったら言ってね」


「とんでもない。皆さん親切で。特に、リーラさんが凄いですね。美人だし、なんでもできるしで。憧れちゃいます」


 アイノの発言で車内の空気が一瞬凍った。


「…………」


 俺とサンドラは難しい顔で黙り込み、リーラは一瞬だけ体を震わせた。静かながら、感情表現が豊かだ。


「いや、アイノ……それはだな……」


 妹の誤解を解くべく、どうにか言葉を紡ごうと頭の中で必死に思考を巡らせる。


 リーラはサンドラに付き従う戦闘メイドだ。見た目に関しては間違いなく美女の部類、常に冷静沈着。家事と事務のどちらにおいても限りなく有能。その上戦闘も達人の域だ。


 ……まいったな。こうして並べると、隙が無い能力をしている。サンドラに対する過剰な愛情を目にしているとつい忘れてしまう、驚きの事実だ。


「二人ともどうしたの? 急に黙り込んで」


「いえ、リーラのことをそう言う人は珍しいから、ちょっと驚いて」


「そんなことないですよ。屋敷のメイドさん達の憧れの的なんですから、リーラさんは」


「そ、そうだったわね」


 聖竜領内のメイド達は全員メイド島とかいうよくわからないところ出身であり、リーラはそこでは伝説的な存在らしい。故にアイノの発言に間違いはない。


「…………」


「兄さん、どうしたの?」


 黙っている俺を見て、心配そうにアイノが顔を覗き込んできた。

 困った、率直な意見を言うと間違いなく怒られる。間違っても「リーラはサンドラ狂いでちょっと変態入っているからやめておけ」とか言ってはいけない。


「きっと嬉しいのでしょう。アルマス様は、私に似ているところがありますから」


 ずっと黙っていたリーラが、とんでもないことを言いだした。


「似ているって、どこがだ」


「もちろん、身内をとても大切にするところです」


 完璧な返答だった。サンドラが関わらなければ本当に能力の高いメイドだ。


「……そういうことに、しておこう」


 自分がリーラと似ている。その事実に戦慄し、変な汗が出るのを必死に抑えつつ、俺は何とか言葉を絞り出した。


「リーラはたしかに凄いけれど、クアリアにはお姫さまもいるのよ。それと、マルティナという戦闘メイドとその主人も貴族だし……」


 ちょっと落ち込んで黙り込む俺の横で、サンドラが話題を変えるべくクアリアの話を始めていた。


「アルマス様。気分が悪いような馬車を止めますが?」


「いや、このまま行ってくれ。できるだけ早く」


 俺を気遣うリーラの表情が、とても楽しそうに見えたのは気のせいではあるまい。

  

 早くクアリアについてくれ……。


 そんな願いを乗せて、レール馬車はいつも通りの速度で隣町に向かうのだった。

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